リバダビア
リバダビア
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2013/07/09 08:27 UTC 版)
リバダビア (Rivadavia)
- ベルナルディーノ・リバダビア - アルゼンチンの初代大統領。
- アルゼンチンの地名
- リバダビア (メンドーサ州)
- リバダビア (サンティアゴ・デル・エステロ州)
- リバダビア (サンフアン州)
- コモドーロ・リバダビア
- アルゼンチンのサッカークラブ
- インデペンディエンテ・リバダビア - メンドーサ州リバダビアが本拠地。
- リバダビア・デ・リンカン - ブエノスアイレス州リンカンが本拠地。
- アルゼンチン海軍の軍艦
- ベルナルディーノ・リバダビア - 1902年進水の装甲巡洋艦。完成直前に日本海軍に売却され、アルゼンチン軍艦としては就役しなかった。 ⇒ 春日 (装甲巡洋艦)
- リバダビア (戦艦) - リバダビア級戦艦の1番艦。1911年進水、在籍1914年-1957年。
リバダビア (Ribadavia)
- スペインの地名
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リバダビア
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/01/07 15:15 UTC 版)
帝政ローマの時代に初めてリベイロにブドウが植えられたとされている。ミーニョ川の水運で大西洋と結ばれているリベイロは、内陸部にありながらワイン生産と輸出の長い伝統を持っている。フランスやスペイン北部からガリシア地方のサンティアゴ・デ・コンポステーラに向かうサンティアゴの巡礼路が活況を呈すると、12世紀頃には巡礼路を歩く巡礼者によってリベイロ産ワインが飲まれた。最盛期には年間200万人もの徒歩巡礼者がいたとされる。 中近世のリベイロは甘口ワインで知られており、アンダルシア地方やカナリア諸島などの産地が甘口ワインを生産し始める遥か前から同様のワインを生産していた。リベイロでは干したブドウ(レーズン)を用いており、白の酒精強化ワインであるリベイロのワインはリバダビア(Ribadavia)と呼ばれた。リバダビアはポルトガルのヴィーニョ・ヴェルデ地方のワインと似通って酸味の強いワインであり、イギリス人にとっては「火のような」きつい酒で、一度飲んだ人間は2日間は酔っぱらって使い物にならなかったという。 16世紀にはエスパーニャ・ベルデと呼ばれるスペイン北岸の各地域にワインを出荷しており、また大西洋に面したガリシア地方の港からは、ドゥエロ渓谷よりもはるかに古くからイングランドに向けてかなりの量のワインが輸出された。イングランドでリベイロ産ワインは、スペインでもっとも品質の高い白ワインとされており、その品質と信頼性には定評があった。リバダビアはスペインでもっとも輸出量の多いワインとなり、ア・コルーニャ港ではリバダビアとして出荷できるワインの規制も行われた。一方で、ジェイムズ・ハウエルは1634年の『模範書簡集』で、「ガリシアの山の中で生産される上品なワインがあるが、海上輸送に堪えられるだけのコクがない。名はリバダビアである」と書いている。16世紀末のフェリペ2世の治世にはスペインとイングランドの関係が悪化し、イングランドへの輸出が制限された上に、他産地の台頭によって販路がガリシア地方内に制限されるようになった。
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