ラスプーチンとフランスへの移動
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/01 15:26 UTC 版)
「フロッケ」の記事における「ラスプーチンとフランスへの移動」の解説
2008年11月下旬、フロッケの母のヴェラは2頭の仔を産んだ。父親はフロッケの父のフェリクスだった。ヴェラは飼育係の補助を受けずに仔グマの世話をできていたが、当初ダグ・エンケ園長は仔グマが生き延びる確率は50%だと述べた。仔グマの誕生が報道されてから3週間後、2頭の仔グマは1週間も間を開けずに自然死した。園長は2頭目の仔グマが死んだあとに遺憾の意を表明し、「ヴェラは定期的に仔の世話をし、その後仔グマたちはいつもよく眠っていたので、十分な量の母乳を飲んでいたのは間違いないだろう。仔グマたちがこうも急速に衰弱した理由は分からない」と述べた。 2008年12月、ラスプーチンという名前のオスのホッキョクグマの仔がモスクワからニュルンベルク動物園に移された。これはマドリード動物園・水族館(英語版)に永久移住する前の長期滞在だと考えられていた。元々ドイツにとどまるのは1年だけの予定だったが、ラスプーチンはフロッケと同じ囲いに入れられファンから「Raspi(ラシュピ)」と呼ばれた。ラスプーチンはフロッケとは異なり母親に育てられており、ニュルンベルク動物園は彼がフロッケに同種の個体との付き合い方を教えてくれることを望んでいた。市の発表によれば、2頭は非常に仲が良かった。 2009年10月21日、ニュルンベルク市は2010年初頭にフロッケとラスプーチンをフランスのアンティーブにあるマリーンランド(英語版)で新しく作られる囲いに一緒に移すと発表した。2頭の青年期のクマが親密な関係にあったため、European Conservation Breeding Program(略称:EEP、直訳:ヨーロッパ保全交配プログラム)の役員は以前のラスプーチン1頭だけをマドリードに移す計画の代わりに、2頭を一緒にいさせ続けるべきだと決断した。2頭がマドリードに移った後、空いた飼育場所は仔グマが増えるようフロッケの両親のヴェラとフェリクスが入れられる予定だった。動物の権利運動団体の動物の倫理的扱いを求める人々の会はフロッケとラスプーチンの福祉に懸念を抱いてマドリードへ移るのを止めさせようとしていたが、2010年4月22日に2頭は無事にフランスに到着した。2014年11月26日、フロッケとラスプーチンの仔が生まれ、ホープ(Hope)と名付けられた。
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