ユダヤ人埴輪について
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/27 14:53 UTC 版)
著書(「発見! ユダヤ人埴輪の謎を解く」(勉誠出版、2019年10月))や、YouTube番組(「日本から見たサピエンス全史」| 未来ネット)で、古来よりユダヤ人が日本に渡来していたことを述べており、秦氏などはその代表であると解説する(秦河勝は聖徳太子の側に仕えていた人物)。秦氏のルーツは、応神天皇の古墳時代に弓月国から来た弓月君が祖とされる。古墳などの巨大建築物をはじめとする最新技術、絹、馬、羊、貨幣(和同開珎、開発者は多胡羊太夫)なども、ユダヤ人が持ち込んだ可能性が高いとしている。 千葉県や群馬県には古墳が最も多く存在し、出土した埴輪の中でも、「長い髭・長いもみあげ・帽子」を被った形の埴輪は、ユダヤ教徒の格好にほぼ一致することから、「ユダヤ人埴輪」と名付けている。角髪(みずら)もユダヤ人の影響ではないかと述べている。 ユダヤ人埴輪は各地で出土しているが、中でも千葉県芝山町の芝山古墳から出土したユダヤ人埴輪は数も多く、状態も良いものが多い。「観音教寺・芝山はにわ博物館」には常設展示されている。 日ユ同祖論と思われがちではあるが、元々日本人(縄文人)がいたところにユダヤ人がやって来たことであると否定している。 ユダヤ人が日本に辿り着いたことについては、アッシリア捕囚(紀元前722年頃)から派生する「イスラエルの失われた10支族(Ten Lost Tribes)」に関連する部族の移動と見ている。
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