マッサゲタイ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/22 15:15 UTC 版)
マッサゲタイ(ギリシア語: Μασσαγέται Massagetai、ラテン語:Massagetae)は、紀元前6世紀から紀元前1世紀までその存在が確認される中央アジアの遊牧民および遊牧国家。カスピ海の東側に住んでいたと思われる。
- ^ この河については諸説あり、ヴォルガ川説や、シル川・アム川説などがある。この場合はヴォルガ川のようである。
- ^ 松平 1988,p180(ヘロドトス『歴史』4巻11)
- ^ この川については諸説あり、ヴォルガ川説,シル川説,アム川説,ウズボイ川説などがある。有力なのはヴォルガ川説であるが、各文章によって指し示す川が違っている。現在、カスピ海に注ぐ川としてアラクス川(アラス川)という川があるが、支持者が少ない。アラクス川はトルコ東北部に源を発し、イランとアルメニア、アゼルバイジャンとの国境を流れ、この地方では最大の川である。《松平 1988,p67》《林 2007,p74》
- ^ この一戦は外国人同士が戦った合戦の数あるなかで最も激烈なものであったとヘロドトスは伝えている。
- ^ 松平 1988,p67-71(ヘロドトス『歴史』1巻201-214)
- ^ 黒海北岸のいわゆるスキタイ人ではなく、広義での遊牧騎馬民族という意味である。
- ^ 大牟田 2001,p306-311(アッリアノス『アレクサンドロス大王東征記』4巻16-17)
- ^ 飯尾 1994,p60(ストラボン『地理誌』第11巻第8章2)
- ^ 松平 1988,p71(ヘロドトス『歴史』1巻215-216)、飯尾 1994,p62(ストラボン『地理誌』第11巻第8章6-7)
- ^ a b 松平 1988,p71(ヘロドトス『歴史』1巻216)
- ^ 松平 1988,p71(ヘロドトス『歴史』1巻216)、飯尾 1994,p62(ストラボン『地理誌』第11巻第8章6)
- ^ 松平 1988,p71(ヘロドトス『歴史』1巻215)、飯尾 1994,p62(ストラボン『地理誌』第11巻第8章6)
- ^ 飯尾 1994,p62(ストラボン『地理誌』第11巻第8章6)
- ^ 護・岡田 1996,p67
- 1 マッサゲタイとは
- 2 マッサゲタイの概要
- 3 居住地
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