ボツリヌス神経毒素
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/10/18 17:06 UTC 版)
「SNAREタンパク質」の記事における「ボツリヌス神経毒素」の解説
ボツリヌストキシンまたはボツリヌス神経毒素(botulinum neurotoxin、BoNT)は、これまでに発見されている毒素の中で最も毒性の高いものの1つである。BoNTは、神経細胞でSNAREタンパク質を切断するタンパク質分解酵素である。そのタンパク質構造は、重鎖(100 kDa)と軽鎖(50 kDa)の2つのサブユニットから構成され、両者はジスルフィド結合によって連結されている。BoNTの作用機序は、神経細胞膜への結合、エンドサイトーシス、膜移行、そしてSNAREタンパク質の分解、という4段階からなる機構である。 まず標的となる神経細胞を見つけるために、BoNTの重鎖が利用される。重鎖はシナプス前細胞のガングリオシドや膜タンパク質に結合する。続いて、毒素が細胞の膜の中へエンドサイトーシスされる。重鎖にはコンフォメーション変化が起こり、これは軽鎖が神経細胞の細胞質へ移行するために重要である。最後に、軽鎖が標的神経細胞の細胞質へ移動した後、軽鎖は重鎖から解離し、SNAREタンパク質の切断部位に到達できるようになる。両鎖を結び付けているジスルフィド結合が還元されることで、軽鎖は重鎖から解離する。このジスルフィド結合の還元は、NADPH-チオレドキシンレダクターゼ-チオレドキシンシステムによって媒介される。BoNTの軽鎖は、亜鉛(II)イオン依存的メタロプロテアーゼとしてSNAREタンパク質に作用し、SNAREを切断してエキソサイトーシス機能を喪失させる。 BoNTには8つの既知のアイソタイプ(BoNT/AからBoNT/H)が存在し、それぞれSNAREタンパク質の特異的切断部位が異なる。シナプス膜に位置するSNAREタンパク質ファミリーのメンバーSNAP25は、アイソタイプA、C、Eによって切断される。これらのアイソタイプによるSNAP25の切断は、小胞のシナプス膜への融合のためのSNARE複合体形成を大きく阻害する。BoNT/Cは、シナプス膜に位置する別のタンパク質であるシンタキシン1をも標的とする。シンタキシンの切断もSNAP25と同様の結果となる。3つ目のSNAREタンパク質シナプトブレビン(VAMP)は小胞に位置する。VAMP2はアイソタイプB、D、Fの標的であり切断される。BoNTのさまざまなアイソタイプとテタヌストキシン(TeNT)の標的が右の図で示されている。 BoNTはSNAREタンパク質の機能的損傷を引き起こすため、重大な生理的・医学的意義を有している。SNAREタンパク質を損傷させることで、毒素はシナプス小胞がシナプス膜へ融合して神経伝達物質をシナプス間隙へ放出するのを防ぐ。シナプス間隙への神経伝達物質の放出が阻害されることで、筋細胞の刺激のための活動電位が伝達されなくなる。その結果、感染者には麻痺が引き起こされ、深刻な場合には死が引き起こされることもある。BoNTの効果は致死的ともなりうるが、医療や美容目的の治療薬としても利用されている。
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