ヘッシシュ・オルデンドルフのNATO兵舎
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「ヘッシシュ・オルデンドルフ」の記事における「ヘッシシュ・オルデンドルフのNATO兵舎」の解説
NATOとワルシャワ条約機構との対立がピークに達した1960年から、連邦政府は東西ドイツ国境線から約150kmの距離に対空ミサイル帯を設けた。この防衛プロジェクトに伴い、1963年から4つの固定発射施設を統括する中央兵舎がヘッシシュ・オルデンドルフに建設された。 オランダ空軍の第4ミサイル分遣隊 (4GGW) が1964年10月にゼーゲルホルスト通りの新しい兵舎に1800人規模で配置された。オランダ人の家族は「コイケンホーフ」に住居、学校、軍人集会所を建設した。ヘッシシュ・オルデンドルフ兵舎の下位には、バルジングハウゼン/ダイスター発射場、バート・ミュンダー/ジュンテル発射場、ゴルトベック発射場、ラインスドルフ/ビュッケベルゲ発射場が属していた。これらのオランダ部隊には、共通して通常の対空ミサイル「ホーク」とそれに付属するレーダーシステムが配備されていた。70年代の初めにはこれらの防衛システムは技術上時代遅れのものとなり、オランダ空軍部隊は1975年7月1日にオランダへ撤退した。 ヘッシシュ・オルデンドルフの兵舎の新しい主には1976年5月からアメリカ空軍が入営した。大規模なレーダー基地のバート・ミュンダー/ジュンテル、シュヴェーレントルプ、ブレーマーハーフェンは第600 TCGヘッシシュ・オルデンドルフ・エアステーションの下位にある。USエアステーションは北ドイツのレーダー監視における中央管理施設としての機能を担っている。このエアステーションは、兵站上、ミュンスターからヘッシシュ・オルデンドルフに至る燃料パイプラインによって支援されている。 冷戦終結に伴いエアステーションも役割を終え、1991年に閉鎖された。兵舎の施設は数年の間、旧ソヴィエトからの移住者の仮収容施設として利用された。やがて旧兵舎全体が取り壊され、近代的な住宅地に造り替えられた。現在ローゼンブッシュ基礎課程学校として使われている旧アメリカン・スクールが旧兵舎の名残を唯一留めている。 燃料パイプラインやそれに付属したジュンテルのタンク施設は、フィッシュベックで閉鎖され、窒素を満たして腐敗を防いでいる。全損するパイプラインは、ヴィンタースハルAGのバス・パイプラインとして利用されている。ヴァーレンダールのものをはじめとする弾薬庫も現在は民間で使用されている。
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