プンダとは? わかりやすく解説

プンダ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/17 10:15 UTC 版)

キュラソー島の港町ウィレムスタット市内の歴史地区」の記事における「プンダ」の解説

プンダ地区 (Punda) はオランダ語の「端」(De Punt) に由来する名前の地区で、アムステルダム要塞建設起源とする。アムステルダム要塞はもともとオランダ式要塞建築様式そのまま持ち込まれ中庭を囲むように総督官邸政庁教会配置されており、構造上はハーグ王宮同一であるとも指摘されている。官邸要塞入り口の上建てられ教会1707年建設された。当初木造だった教会1745年石灰岩建材用いた拡張工事が行われ、現在は博物館になっている。ほかの建造物も、現在は公共施設として、市役所学校といった公共性のある目的使用されている。 1638年完成した要塞は、当初星型要塞のような5つ突き出た稜堡持っていたが、南側稜堡翌年壊され、その廃材市壁建材として再利用された。その市壁内部1650年代以降形成され始めた市街地が、のちにプンダ地区呼ばれることになる区画である。市壁内部では前述のように連棟型と呼ばれる細長い住居ひしめいていたが、スカロー地区宅地開発などを理由として、現在では主に商業地区として機能している。 なお、プンダ地区に残るオランダ風ファサード落ち着いた佇まい内装をもつシナゴーグであるミクヴェ・イスラエル=エマヌエル・シナゴーグ(英語版)(Mikvé Israel-Emanuel) は、1732年建てられ西半球最古のもので、アムステルダムシナゴーグであるエスノガ(英語版)の影響指摘されている。かつてのウィレムスタッドにはユダヤ人多く住み1730年には白人の約半数ユダヤ人18世紀末ユダヤ人人口は約2000人とされている。ミクヴェ・イスラエル=エマヌエル・シナゴーグは、現在ではキリスト教聖堂転用されているデス・テンペル(ピーターマーイ地区とともにユダヤ人コミュニティ最盛期機能していた宗教建築物である。 アムステルダム要塞教会 シナゴーグ外観 シナゴーグ内装

※この「プンダ」の解説は、「キュラソー島の港町ウィレムスタット市内の歴史地区」の解説の一部です。
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