ヒース_(ソマリランド)とは? わかりやすく解説

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ヒース (ソマリランド)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/11 10:23 UTC 版)

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Heis

Xiis
Heis
位置
座標:北緯10度53分47秒 東経46度55分16秒 / 北緯10.89639度 東経46.92111度 / 10.89639; 46.92111
 ソマリランド
地域 サナーグ地域
地区 エリガボ地区
人口
(2002[1]
 • 合計 4,000人
等時帯 UTC+3 (EAT)

ヒース (Heis, ソマリ語: Xiis) はソマリランドサナーグ州にある古い港町[2][3]。この町は、内陸部との交易や情報交換に重要な役割を果たした。当時の主な交易物は乳香で、アラビア半島との交易が盛んだった[4]

歴史

古代

紀元1世紀頃の著作と言われるエリュトゥラー海案内記には「Mundus (古代ギリシア語: Μούνδος)」という貿易港が登場し、これがヒースのことだと言われている[5]

"マラオから2日、あるいは3日の航海で、ムンドゥスの市場町がある。船は海岸近くに突き出た島の後ろに安全に停泊できる。この地には先に述べたものが輸入され、同様にそこからは先に述べた商品とモクロトゥと呼ばれる香が輸出される。そして、ここに住む商人たちは、非常に喧嘩っ早い。
Chap.9.[6]

ヒースの近くには様々なタイプのケアン(積石遺跡)が集まっている[7]

発掘調査では、1世紀から5世紀にかけての土器やローマ帝国時代のガラス製品の破片が出土している[8][5]。その中には高品質のミルフィオリグラスがある[7]。緑の背景に赤い花の円盤が重なった模様は西暦0から40年ごろの特徴である[9]。また、周辺では古代の足付き容器の破片が発見されている。この破片は、西暦300-500年のアスワンまたは西暦500-600年の下部ヌビアで作られたと考えられており、ナイル川流域の王国との初期の交易関係を示唆している[10]

中世

ヒース
ゼイラ諸島
アルラ
ルグダ
エル・シェイク
エル・ダラド
関係地図

アラブの伝説的な探検家イブン・マージドは、ソマリア北部の海岸にある都市として、ベルベラ、サアド・ディン諸島(ゼイラ諸島英語版)、アルラ英語版ルグダ英語版メイトエル・シェイク英語版エル・ダラド英語版などに加えてヒースについて報告している[11]

近代

イサック氏族の支族であるハバル・ジェロ英語版は、ヒースの近くの山から乳香を大量に収穫していた。この他、ゴムや皮革も取り扱った。彼らはこれをアラブ人やインド人と交易した。アラブ人やインド人はソマリア北岸を西に進んだため、ヒースやメイトは、ベルベラやゼイラよりも早く安く交易品を手に入れられる場所だった[12]

1885年から1900年にかけてのイギリス領ソマリランドの貿易はベルベラブラハー英語版ゼイラの3港が中心だったが、ヒースなどの非主要港でも貿易額は増加している。ただしソマリア北東部でサイイド・ムハンマド・アブドゥラー・ハッサンがイギリスに対して大規模な反乱を起こしたので、1900年から1902年にかけて貿易額は減少した[13]

イギリス領ソマリランドの時代の記録によると、ヒースは東のメイトと並んで数十万枚の皮革を扱う商業地であり、ハバル・ジェロの商人はダウ船でこれらをベルベラに運んだいる。また、ヒースはアラビア半島のアデンとも交易をしており、1903年には200万ルピーにも達していた。Habr Je'loの商人がダウ船でベルベラに運んだ16,000枚のなめし皮の主要な輸出先となっている。また、HeisはAdenに大量の皮と羊を輸出した。また、ヘイスはアラビア沿岸やソマリ西部の港から大量の商品を輸入し、1903年には200万ルピー近くに達していた[14]

ヌガール渓谷英語版を目指していたイギリスの探検家ジョン・ハニング・スピークはヒースを探検し、その様子は次のように描写されている[15]

スピーク中尉は上陸することなく、沿岸を通ってブンダー・ヒースまで行き、そこで岸に上がった。ヒースはMusa Abokrに属する港である。そこには「砦」があり、平屋で屋根が平らな石と泥でできた約20フィート (6.1 m)四方の家で、ソマル(ソマリ人)だけが重要視する芸術的な建造物の一つである。ヒースの勇者達はマスケットも大砲も持たない。この「町」は6つの泥小屋で構成されており、そのほとんどが骨格だけである。停泊地は浅いが、一部は丘の突起で守られており、海には魚が豊富にいる。ここには4隻のBuggaloes(先住民の船)が停泊しており、Dumbahの羊とこの地の主食である澄ましバターの積荷を待っていた。ヒースはアデンモカなどアラビア各地に輸出しており、ドームヤシ英語版などの木の葉を使ってマットを製造している。スピーク中尉は、この地のAgil(小酋長)であるAliの歓迎を受け、旅人に2頭の羊を贈った。
Sir Richard Francis Burton、First Footsteps in East Africa, Or, An Exploration of Harar

近現代

クーデターで政権に就いたソマリアの第3代大統領モハメド・シアド・バーレは、ソマリア内戦直前にソマリア北西部に住むイサック氏族を弾圧した。その一環として、イサック氏族居住地の主要港であるベルベラ港を閉鎖した。そのため、メイト、ヒース、ラス・コレーゼイラなどの小規模な港が家畜の輸出に使われたが、ベルベラ港を使える時に比べるとソマリア北西部の貿易量は大きく減少した[16]

2011年、ノルウェー科学技術大学のAndreas Bruvik Westbergは、修士論文の中で「ソマリア北岸では海賊行為が横行しているが、ゼイラベルベラ、ヒース、メイトなどの港町では牧畜が盛んで収入基盤が安定しているという社会背景があり、海賊が少ない」と論じている[17]

2013年、当時のソマリア北岸の小さな港町ではよくあったことだが、ヒースもまたすぐ近くのメイトと共に兵器密輸業者の交易港として利用されている[18]

2017年1月、ヒースとメイトからの船が漁場を荒らすからという理由で、ソマリランド西部のルヒア英語版、Buluxaar、ベルベラなどの港がこれらの船の寄港を禁止し、ソマリランド政府に対策を訴えた[19]

2020年11月、ヒースはサイクロン・ガティ英語版の被害を受け、50時間以上の雨により、海上輸送設備と道路が被害を受けた[20]

人口動態

この町には、イサック氏族のハバル・ジェロ英語版支族のウドゥルフミーン英語版支族が住んでいる[21]

この地域は極めて暑いため、夏を中心とした半年ほどは山岳地帯に住み、残りの半年を海岸近くで過ごす[22]

主要人物

  • 地元長老(Odayaasha Deegaanka Xiis)
    • Cumar Xaaji Faarax[20]

脚注

  1. ^ unicef (2002年9月). “SANAAG REGION NUTRITION SURVEY REPORT”. 2021年7月11日閲覧。
  2. ^ Mire, Sada (2015). “Mapping the Archaeology of Somaliland: Religion, Art, Script, Time, Urbanism, Trade and Empire”. African Archaeological Review 32: 111–136. doi:10.1007/s10437-015-9184-9. https://link.springer.com/article/10.1007/s10437-015-9184-9. 
  3. ^ Rodríguez (2018). “Against All Odds: The History of Archaeological Research in Somaliland and Somalia”. Northeast African Studies 18 (1–2): 271–310. doi:10.14321/nortafristud.18.1-2.0271. JSTOR 10.14321/nortafristud.18.1-2.0271. https://www.jstor.org/stable/10.14321/nortafristud.18.1-2.0271. 
  4. ^ Lewis, I. M. (2017-02-03) (英語). Peoples of the Horn of Africa (Somali, Afar and Saho): North Eastern Africa Part I. Routledge. ISBN 978-1-315-30817-3. https://books.google.com/books?id=XMoNDgAAQBAJ 
  5. ^ a b Munduウェブアーカイブ、2007年8月15日) - http://www.ioz.unibe.ch/lenya/iop/live/periplus/mundu.html
  6. ^ Periplus of the Erythraean Sea, Schoff's 1912 translation
  7. ^ a b Newsletter of the Society of Africanist Archaeologists in America, Issues 8-13. Department of Archaeology, University of Calgary. (1976). p. 5. https://www.google.com/books?id=KLEbAQAAMAAJ 2014年9月25日閲覧。 
  8. ^ Periplus of the Erythraean Sea
  9. ^ Meyer, Carol (1992). Glass from Quseir Al-Qadim and the Indian Ocean Trade, Issue 53. Oriental Institute of the University of Chicago. p. 37. ISBN 0918986877. https://www.google.com/books?id=Hz5tAAAAMAAJ 2014年9月25日閲覧。 
  10. ^ Hatke, George (2013). Aksum and Nubia: Warfare, Commerce, and Political Fictions in Ancient Northeast Africa. NYU Press. p. 152. ISBN 978-0814762837. https://www.google.com/books?id=Oy7N_d6HoYIC 2014年9月16日閲覧。 
  11. ^ “Ibn Majid”. Medieval Science, Technology, and Medicine: An Encyclopedia. Routledge. (2005). ISBN 978-1-135-45932-1. https://books.google.com/books?id=77y2AgAAQBAJ&pg=PA252 
  12. ^ Pankhurst, Richard (1965). “The Trade of the Gulf of Aden Ports of Africa in the Early Nineteenth and Early Twentieth Centuries”. Journal of Ethiopian Studies 3 (1): 36–81. JSTOR 41965718. https://www.jstor.org/stable/41965718. 
  13. ^ Jama Mohamed (1996年). “CONSTRUCTING COLONIAL HEGEMONY IN THE SOMALILAND PROTECTORATE, 1941-1960, Ph.D. Thesis, University of Toronto”. 2021年7月11日閲覧。
  14. ^ Great Britain, House of Commons (1905). Sessional papers Inventory control record 1, Volume 92. HM Stationery Office. p. 385 
  15. ^ Burton, Richard F. (2019-09-25) (英語). First Footsteps in East Africa; or, an Exploration of Harar. BoD – Books on Demand. ISBN 978-3-7340-8950-3. https://books.google.com/books?id=Z1iyDwAAQBAJ&q=first+footsteps+in+east+africa 
  16. ^ Candlelight for Health, Education & Environment Hegiras (2006年3月). “Impact of Civil War on Natural Resources: A Case Study for Somaliland”. 2021年7月11日閲覧。
  17. ^ Andreas Bruvik Westberg (Spring 2011). “Why are there no pirates in Northwest Somalia? And why are they everywhere else?”. 2021年7月10日閲覧。
  18. ^ United Nations (2013年7月12日). “Security Council 12 July 2013”. 2021年7月10日閲覧。
  19. ^ “Xiis iyo Maydh waa laga soo Eryaday Bulaxaar iyo Barbarna looma ogola”. xeernews24.com. (2017年1月18日). https://www.xeernews24.com/2017/01/18/xiis-iyo-maydh-waa-laga-soo-eryaday-bulaxaar-iyo-barbarna-looma-ogola/ 2021年7月11日閲覧。 
  20. ^ a b ““Gaadiidkii badda waxyeello ayaa gaadhay” dadweynaha Gobolka Sanaag”. berberanews.com. (2020年11月25日). https://berberanews.com/gaadiidkii-badda-waxyeello-ayaa-gaadhay-dadweynaha-gobolka-sanaag/ 2021年7月11日閲覧。 
  21. ^ Hunt, John Anthony (1951) (英語). A General Survey of the Somaliland Protectorate 1944-1950: Final Report on "An Economic Survey and Reconnaissance of the British Somaliland Protectorate 1944-1950," Colonial Development and Welfare Scheme D. 484. To be purchased from the Chief Secretary. https://books.google.com/books/about/A_General_Survey_of_the_Somaliland_Prote.html?id=aAhBAQAAIAAJ 
  22. ^ BBC (2021年7月6日). “Isbedalka Cimilada: Deegaan Soomaaliyeed oo kuleyl dartii looga cararay”. 2021年7月10日閲覧。

参考文献


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