ナンバースクール4校
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/27 01:17 UTC 版)
「ナンバースクール (宮城県)」の記事における「ナンバースクール4校」の解説
宮城県仙台第一高等学校 通称は「一高」(いちこう)もしくは「仙台一高」(せんだいいちこう)。1892年(明治25年)創立。男子校であったが、2010年度に共学化された。生徒会が2008年度に「一律共学化断固反対委員会」を設立するほど共学反対の声が非常に強く、共学化されてからも卒業生を中心に非難の声が絶えない。旧市街地の連坊地区にある。1892年、宮城県尋常中学校が開校したが、1900年に尋常中学校仙台本校と仙台分校を元に仙台一中と仙台二中が作られた。仙台一中を前身とする。尋常中学校の歴史は仙台一中が引き継いだ。旧一学区化時(昭和40年代)は、宮城県における筆頭の進学校であった。二学区化時は、中部南学区(通称「南学区」)に属し、南学区では最難関進学校であった。東京大学合格者を現・浪合わせて年間5名前後輩出する。 宮城県仙台第二高等学校 通称は「二高」(にこう)もしくは「仙台二高」(せんだいにこう)。1900年(明治33年)創立。男子校であったが、2007年度に共学化された。旧市街地の川内地区にある。尋常中学仙台本校と仙台分校を元に旧制仙台一中と旧制仙台二中が作られ、旧制仙台二中を前身とする。旧一学区化時は一高に次ぐ二番手の進学校に甘んじていた。二学区化時は、中部北学区(通称「北学区」)に属し、北学区のみならず宮城県内の筆頭の進学校であった。東京大学合格者を現・浪合わせて年間10人前後輩出する。 宮城県宮城第一高等学校 通称は「宮一」(みやいち)あるいは「宮城一高」(みやぎいちこう)、または女子校時代の校名を取った「一女」(いちじょ)。1897年(明治30年)創立。女子校であったが、2008年度に共学化され、現在の校名となった。理数科を設置している。旧市街地の八幡地区にある。創立時は仙台市高等女学校、その後宮城県に移管され、宮城県高等女学校を経て、宮城県第一高等女学校。戦後、宮城県第一女子高等学校となった。二学区化時は北学区に属しており、北学区の女子高、さらには宮城県内の女子高としては入学難易度・進学実績が最も高かった。 宮城県仙台二華中学校・高等学校 通称は「二華」(にか)あるいは「仙台二華」(せんだいにか)、または女子校時代の校名を取った「二女」(にじょ)。1904年(明治37年)創立。女子校であったが、2010年度に共学化され、中高一貫教育校に改組されて現在の名称となった。旧市街地の連坊地区にある。創立時は私立の東華高等女学校、その後宮城県に移管され、宮城県第二高等女学校。戦後、宮城県第二女子高等学校となった。二学区化時は南学区に属しており、南学区の女子高としては入学難易度・進学実績が最も高かった。東京大学合格者を現・浪合わせて年間5名前後輩出する。
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