チャールトン自動小銃
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/02/18 14:34 UTC 版)
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国立陸軍博物館に展示されている。
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チャールトン自動小銃 Charlton Automatic Rifle |
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種類 | 半自動小銃 / 軽機関銃 |
製造国 | ![]() |
設計・製造 | フィリップ・チャールトン (Philip Charlton) |
年代 | 第二次世界大戦 |
仕様 | |
口径 | 0.3125 インチ (7.938 mm) |
使用弾薬 | .303ブリティッシュ弾 |
装弾数 | 10発弾倉 (リー・エンフィールド用) 30発弾倉 (ブレンガン用を改良) |
作動方式 | ガス圧作動方式 |
全長 | 44.5 インチ (1150 mm) |
重量 | 16 ポンド (7.3 kg) - 銃のみ |
発射速度 | 600発/分 |
銃口初速 | 2,440 フィート/秒 (744 m/秒) |
最大射程 | 2,000 ヤード (1830 m) |
有効射程 | 1,000 ヤード (910 m) |
歴史 | |
設計年 | 1941年 |
製造期間 | 1942年 - 1945年 |
配備先 | ニュージーランド軍 |
バリエーション | エレクトロラックスSMLE |
製造数 | 1,500挺 |
チャールトン自動小銃(Charlton Automatic Rifle)は、ニュージーランドで設計された自動小銃である。1941年、当時不足していたブレン軽機関銃やルイス軽機関銃の代替品として設計された。イギリス製のリー・エンフィールド小銃を原型とする。
概要
設計者はフィリップ・チャールトン(Philip Charlton)である。
オリジナルのチャールトン自動小銃は、ボーア戦争時代に設計されたリー・メトフォード小銃やMLE小銃をベースとしたもので[1]、「緊急時にはフルオート射撃も可能な半自動小銃」という位置づけで設計された[2]。また国外の戦地ではなく、ホーム・ガード(同名のイギリス郷土防衛隊に相当する民兵組織)が国内で運用することが想定されていた。リー・エンフィールド用の10発弾倉とブレン軽機関銃用の30発弾倉を使用できた。
チャールトン自動小銃には2種類ある。ニュージーランド設計型はヘイスティングズのチャールトン・モーター社(Charlton Motor Workshops)が設計製造を手がけ、オーストラリア設計型はSMLE Mk III*を原型にエレクトロラックス社が設計製造を手がけた[3]。この2種類の外見は大幅に異なる。例えばニュージーランド設計型はフォアグリップと二脚を備えていたが、オーストラリア設計型にはこれらが無く、よりシンプルな外見をしていた。ただし、内部の動作機構自体は同一だった。
全体的に、リー・エンフィールド小銃に自動銃の部品を外付けした構成となっている。銃の右側面にガスシステムがあり、ガスピストン後部のオペレーティングロッドがカムを介してボルトと噛み合っている。
およそ1,500丁のチャールトン自動小銃がニュージーランドにて製造されたが[4]、これらの大半は第二次世界大戦の最中、1944年12月31日にパーマストンノースで起こった軍需品倉庫の火災によって焼失した[3]。少数の現存品はロンドンの帝国戦争博物館、ニュージーランドの国立陸軍博物館、オーストラリアのバンディアナ陸軍博物館(Army Museum Bandiana)などで展示されている。
関連項目
- ヒュー自動小銃
- ハウエル自動小銃/ハウエル・フランシス・マシンカービン
- リーダー自動小銃
脚注
参考文献
- Skennerton, Ian The Lee-Enfield Story (1993). Arms & Militaria Press, Australia. ISBN 1-85367-138-X
- Skennerton, Ian Small Arms Identification Series No. 13: Special Service Lee-Enfields; Commando & Auto Models (2001). Arms & Militaria Press, Australia. ISBN 0-949749-37-0
外部リンク
チャールトン自動小銃
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「リー・エンフィールド」の記事における「チャールトン自動小銃」の解説
詳細は「チャールトン自動小銃」を参照 極少数のリー・エンフィールド小銃が、実験的な自動装填機構を備えた自動小銃に改造、または自動小銃として最初から作られた。最も知られているのは、ニュージーランド人であるフィリップ・チャールトンが開発したチャールトン自動小銃(Charlton Automatic Rifle)である。 第二次大戦中、ニュージーランド軍は多くの人員を北アフリカ戦線に投入していた。1941年に日本が戦争に参加した時に、ニュージーランドは日本が侵攻してきた際に本土防衛する上で必要となるであろう軽機関銃が足りない事に気が付いた。そこで、ニュージーランド政府は、リー・エンフィールド小銃を自動小銃に変えるためのコンバージョンキットの開発資金を出した。 開発の結果、チャールトン自動小銃は1942~45年の間、ニュージーランドの郷土防衛隊(Home Guard)に配備された。 チャールトン自動小銃は10発入り弾倉またはブレン軽機関銃用の30発入り弾倉を用いて給弾し、普段は半自動小銃として使い、緊急時のみ全自動小銃として使う事を前提として作られていた。二つのタイプがあり、ニュージーランドで生産されたタイプとオーストラリアで生産されたタイプが存在する。 ニュージーランドタイプは、既に退役済みのリー・メトフォードとMLEを元に作られた。一方、オーストラリアタイプはNo.1 Mk III*を元に作られた。 ニュージーランドタイプには、ハンドガードにピストルグリップが付いていて、バイポッドも付いていた(全長1,150mm、装弾無し状態で重量7.3kg)が、オーストラリアタイプには両方とも付いていなかった。しかし、作動方式はガス圧利用で同じ機構を組み込んでいた。 ニュージーランドでは、約1,500丁が生産されたが、戦後直ぐに殆どがパーマストン北武器庫の失火により失われた。僅かに現存しているものもあり、ニュージーランドのオークランドにある戦争博物館やイギリスの帝国戦争博物館などで今でも見ることが可能である。
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