タバリスターンとは? わかりやすく解説

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タバリスターン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2015/02/16 04:39 UTC 版)

タバリスターンマーザンダラーン語:تبرستون 、ペルシア語: طبرستان‎、英語: Tabaristan)は、イラン北部、カスピ海南東岸の一地方である。東はゴルガーン、西はギーラーン、南はアルボルズ山脈に接する。13世紀までこの呼称が用いられた[1]。タバリスタン、タバレスターン、タバレスタンとも表記される。


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「タバリスターン」の続きの解説一覧

タバリスターン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/01/05 13:53 UTC 版)

スパーフベド」の記事における「タバリスターン」の解説

イスラーム教徒のペルシア征服の間、ホラーサーン(東)のスパーフベド明らかにタバリスターンの山中へと後退した。彼はそこでサーサーン朝最後の王ヤズデギルド3世に自らの下へ避難するよう勧めたが、ヤズデギルド3世はこれを拒否し651年殺害された。隣接するグルガーン英語版地方ギーラーン地方を含むサーサーン朝領域旧地支配者たちと同様にスパーフベドアラブ人用語として引き継がれた。彼らはこのスパーフベド地位にある者に毎年貢物引き換えにタバリスターンの実質的な独立支配者としての地位維持することを承認した。これがDabuyid朝成立の基点となり、アッバース朝征服され地方領土として組み込まれる759年-761年まで彼らはタバリスターンを支配した。彼らはパフラヴィー文学伝説651年サーサーン朝滅亡から始まる暦を用いて自前コイン造り、Gīlgīlan、Padashwargarshah(Patashwargarのシャー、Patashwargarはタバリスターンの山岳地帯の古い名前である)、そしてホラーサーンのアスパーフバド(ispahbadh)(اسپهبذ、新ペルシア語形ではspahbed)といった称号主張した。 アスパーフバド(ispahbadh)という称号はこの地域別系統地方支配者であるカーレーン家(英語版)によっても主張された。彼らはかつてのサーサーン朝分流であることを主張し自分たちをDabuyid朝の後継者であると見て、839/840年までタバリスターン中央部および東部支配した。そして東部山岳地帯のバーワンド朝(英語版)の複数支族13世紀モンゴルの侵攻征服英語版)後まで生き残った。この称号また、タバリスターンに隣接して住むダイラム人英語版ドイツ語版)によって使用された。この地方複数後世文書において、この称号は単に地元首領意味するようになっている

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タバリスターン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/02 02:43 UTC 版)

ザイド派」の記事における「タバリスターン」の解説

ザイドの蜂起の際、積極的にこれを支持したアブル・ジャールード・ハマダーニー(ペルシア語版)の神学理論は、当時クーファ支配的であったムゥタズィラ学派の論と異なり決定論的であったまた、アブー・バクルウマル正当性認めず、この点でもザイド派主流とは異なり、彼を支持した一派ザイド派における最初分派になった。後にタバリスターン地方やヤマーマ地方アラビア語版)に浸透したザイド派は、このジャールード派(アラビア語版)であったアラヴィー朝は、ザイド・ブン・アリーの子とされるハサン・ブン・ザイド(ダーイー・キャビール)(英語版ペルシア語版)をアミールとして、864年にタバリスターンのデイラマーンにおいて自立した政権である。928年スンナ派サーマーン朝によりアミール殺されるまで続き、約40年後にギーラーン地方再興1126年まで続いた。タバリスターン、ギーラーンダイラムザイド派政権サファヴィー朝初期まで続いた

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「タバリスターン」を含む「ザイド派」の記事については、「ザイド派」の概要を参照ください。

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