スペインからの独立(1821年)
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「ホンジュラスの歴史」の記事における「スペインからの独立(1821年)」の解説
「イスパノアメリカ独立戦争」も参照 19世紀初頭、ナポレオン・ボナパルトがスペインを占領したことによりイスパノアメリカ全体で反乱が勃発した。ヌエバ・エスパーニャ副王領では1810年から1821年まで全ての戦闘が副王領の中央、現メキシコ中部にあたる地域で行われた。1821年にヌエバ・エスパーニャ副王が首都のメキシコシティで敗北すると、独立の報せが元グアテマラ総督領のインテンデンシアを含むヌエバ・エスパーニャ全域にもたらされた。ホンジュラスは独立を既成事実として受け入れ、中米諸インテンデンシアとともにスペインからの独立を連合で宣言、1821年の中央アメリカ独立法(英語版)を成立させた。 独立宣言の後、ヌエバ・エスパーニャ議会はコモンウェルスを設立して、スペイン王フェルナンド7世をヌエバ・エスパーニャ皇帝に戴こうとした。このコモンウェルス構想ではスペインとヌエバ・エスパーニャが独自の法律と議会を有するとし、フェルナンド7世が即位を拒否した場合はブルボン家から君主を戴くとした。しかし、フェルナンド7世は独立を承認せず、いかなるヨーロッパ王子にもヌエバ・エスパーニャの君主を即位させないとした。 議会の要請により、摂政のアグスティン・デ・イトゥルビデがヌエバ・エスパーニャ皇帝に即位、さらに議会がヌエバ・エスパーニャをメキシコに改名した。メキシコ帝国の領土は大陸部のインテンデンシア、元グアテマラ総督領を含むヌエバ・エスパーニャ本土諸県を含む。
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