オロチと神楽
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江の川は広島県側では可愛川と呼ばれる。これは『日本書紀』のヤマタノオロチ伝説に出てくる名である。 一書曰 是時 素戔鳴尊 下到於安藝国可愛之川上也 彼處有神 名曰脚摩手摩 其妻名曰稻田宮主簀狹之八箇耳 此神正在姙身 夫妻共愁 乃告素戔鳴尊曰 我生兒雖多 毎生輙有八岐大蛇來呑 不得一存 今吾且産 恐亦見呑 是以哀傷 素戔鳴尊乃教之曰 汝 可以衆菓釀酒八甕 吾當爲汝殺蛇 二神隨教設酒 至産時 必彼大蛇 當戸將呑兒焉 — 日本書紀 , 第八段一書(二) また『日本書紀』第八段一書には出雲の簸之川の記載があり、これは島根県出雲地方を流れる斐伊川であるとされる。ただ同じ名の川が安芸高田市内を流れる江の川一次支流にも存在し、その上流にはヤマタノオロチにまつわる伝承が残っている。 ヤマタノオロチ伝説は『古事記』にも出てくる話であるが、日本書紀とは異なり可愛川の名は出てこない。この話の解釈については諸説あるが出雲地方では、ヤマタノオロチは洪水で暴れる斐伊川本流支流を表しスサノオ(素戔嗚尊)はその治水に尽力した神という説、あるいはヤマタノオロチの腹の中から天叢雲剣を取り出す描写が古代の製鉄を意味しているとする説、がある。 江の川流域の島根県・広島県の広い範囲でこのオロチ伝説を題材の一つとする神楽の文化が残っている。大きく区分すると、本流の中・下流域つまり島根県側では石見神楽、本流上流域は芸北神楽、上流域の支流では備後神楽と呼ばれている。これらの神楽は出雲流の採物神楽にルーツを持ち、たたら製鉄が盛んになったことで人々が移動・交流していく中で、出雲の佐陀神能が石見に伝わって近世以前に石見神楽として定着、そこから近世に安芸国北部に伝わって芸北神楽となったという。うち大元神楽と比婆荒神神楽が国の重要無形民俗文化財。
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