エルウッド砲撃
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/11 10:23 UTC 版)
詳細は「アメリカ本土砲撃」を参照 この様な状況下で日本海軍は、これらのアメリカ沿岸地域に展開していた日本海軍の潜水艦9隻(10隻とも)によるアメリカ本土への潜水艦による砲撃を計画し、1941年12月末には、9隻が一斉にアメリカ西海岸沿岸のサンディエゴやモントレー、ユーレカやアストリアなど複数の都市を砲撃するという作戦が実施される運びとなっていた。 しかし、「クリスマス前後に砲撃を行い民間人に死者を出した場合、アメリカ国民を過度に刺激するので止めるように」との指令が出たため中止になった。なおこの中止指令に至る理由は諸説ある。 その後これらの9隻のうち数隻は燃料不足などで日本軍の影響域に戻ったものの、1942年2月24日には、アメリカ西海岸沿岸に残った「伊号第十七潜水艦」(以下「伊17」とする)が、カリフォルニア州サンタバーバラのエルウッド石油製油所への砲撃作戦を行い、同製油所の設備に被害を出すことに成功した。この攻撃は、連勝を続ける日本軍によるアメリカ本土への先制攻撃と、それに続く陸上部隊の上陸を警戒していたアメリカ軍および政府に大きな動揺を与えただけでなく、敗北が続いていた上に、自国本土への先制攻撃を受けたアメリカ国民にも大きな動揺を与えた。
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