イギリス領期とは? わかりやすく解説

イギリス領期(1713年 - )

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/14 15:47 UTC 版)

ジブラルタル」の記事における「イギリス領期(1713年 - )」の解説

1713年4月11日ユトレヒト条約締結によって戦争終結するものの、その条約ジブラルタルイギリス領として認められスペイン奪回の機を失ったアメリカ独立戦争中はスペイン独立軍支援にまわり、1779年からジブラルタルへの厳重な封鎖行ったジブラルタル包囲戦)。イギリス軍1782年浮き砲台包囲兵を撃破し包囲網を破ることに成功した翌年にはパリ条約先立ち講和が行われ、ジブラルタル解放された。 1805年トラファルガーの海戦ではイギリス海軍拠点となったその後インドへのルートスエズ運河開通地中海加わり蒸気機関動力とする装甲巡洋艦などが海軍で普及する給炭基地役割求められ第一次世界大戦においてもジブラルタル重要視されるようになった第二次世界大戦中ジブラルタル海峡封鎖行っていたフランスドイツ敗北し、親独政権であるヴィシー政権設立されフランス海軍がその指揮下に入ると、イギリス海軍H部隊ジブラルタル配備された。トーチ作戦ではアメリカ軍ジブラルタル拠点にした。なお、ドイツ軍ジブラルタル陸路から攻略することを企てフランシスコ・フランコ独裁下にあり中立国であったスペイン参戦協力要請したが、拒否された(フェリックス作戦)。 第二次世界大戦後は、東西冷戦がはじまるもイギリス海軍役割縮小する同時にジブラルタル軍事的役割低下した1967年イギリス地中海艦隊解体され、これに代わるアメリカ海軍第6艦隊イタリアガエータ拠点にしている。 しかし、1982年フォークランド紛争1986年アメリカ空軍によるリビア爆撃で再びジブラルタル基地重要性確認され、現在もイギリス海軍ジブラルタル戦隊 (Gibraltar Squadron) が駐留している。

※この「イギリス領期(1713年 - )」の解説は、「ジブラルタル」の解説の一部です。
「イギリス領期(1713年 - )」を含む「ジブラルタル」の記事については、「ジブラルタル」の概要を参照ください。

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