アブラハム(イブラーヒーム)とイサク(イスハーク)の燔祭
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/11 15:56 UTC 版)
「聖書の説話とクルアーンの関係」の記事における「アブラハム(イブラーヒーム)とイサク(イスハーク)の燔祭」の解説
詳細は「イサク」、「イシュマエル」、および「イサクの燔祭」を参照 創世記18:1-15、22:1-20と、フード11:69–74、アル・ヒジュル15:51–56、アッ・サーッファート37:102–109、アッ・ザーリヤート51:24–30を参照。2つの聖典に矛盾はないが、それぞれ重要でない程度の独自性を持つ。 何人かの使者が、ソドムとゴモラの人々を滅ぼそうとする途上で、アブラハム(イブラーヒーム ابراهِيم)のもとを訪れている。アブラハムは彼らを歓迎してテントに招き入れ、食べ物を提供している。彼らはアブラハムに、妻サラ(サラー سارة)が間もなくイサク(イスハーク إسحٰق)を妊娠するだろうことを伝えた。サラはその考えを笑ったが、それは彼女が子供を授かるにはあまりに年をとりすぎていたからであった。 創世記18:12 “それでサラは心の中で笑って言った、「わたしは衰え、主人もまた老人であるのに、わたしに楽しみなどありえようか」。” フード11:72 (Yusuf Ali). "かの女は言った。「ああ,情ない,わたしは老婦人であり,この夫も老人なのに(子が)産めましょうか。本当にこれは不思議なことです。」" 天使は彼女を非難し、神の意志により息子を生む事が出来ると告げた。 別の物語では、アブラハムは神から、息子を供物としてささげるよう啓示を受ける。アブラハムはこれに同意し、供物の準備を始める。彼が息子を殺す直前、神はアブラハムを止めて代わりに供物とすべきものを与えた。アブラハムは、神への忠実性を讃えられた。ここではいくつかの相違点がみられる。 創世記では、供物とする息子は明らかにイサクだったが、クルアーンではあいまいである。伝統的にムスリムは、この息子はイスマーイール(Ismā'īl إسماعيل)であり、イスハーク誕生前の出来事だったと考えている。しかしムスリムの学者の中にも犠牲にささげられた息子はイスハークだったと主張するものは多く、それも、異端な説や珍説とはみなされていない。 神は創世記ではアブラハムに直接語りかけているが、クルアーンでは映像(夢)を通じて伝えている。 クルアーンでは、イブラーヒームは息子に供物になることを告げている。創世記では、アブラハムはイサクにはっきりと伝える代わりに「神が供物を準備してくれるだろう」と言っている。
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