すざく‐てんのう〔‐テンワウ〕【朱雀天皇】
朱雀天皇
このため政治の実権は藤原家の氏の長者藤原忠平が924年に摂政となり、次いで936年には太政大臣に就任して権勢を振るった。
女御煕子女王との間に昌子内親王がいるが、ついに男子は生まれなかった。
そこで朱雀天皇の弟の成明親王(後の村上天皇)が後嗣として立てられた。
朱雀天皇の冶世では、天変地異に見舞われたといい、「承平・天慶の乱」や「藤原純友の乱」、「平将門の乱」があいついで起き、952年に出家して同年8月に突如として崩御した。
第61代天皇 | |
天皇名 | 朱雀天皇 |
読み方 | すざくてんのう |
名・諱等 | 寛明親王 |
読み方 | ゆたあきらしんのう |
時代区分 | 古代 |
天皇在位 | 930年から946年 |
生年 | 923 |
没年 | 952 |
父 | 醍醐天皇 |
母 | 藤原穏子 |
兄弟 | 保明親王・成明親王 |
配偶者 | 煕子女王 |
皇子女 | 昌子内親王 |
即位宮 | 平安京 |
天皇陵 | 朱雀天皇 醍醐陵 |
所在地 | 京都市伏見区醍醐御陵東裏町 |
朱雀天皇 醍醐陵
(すざくてんのう だいごのみささぎ)
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