「万国公法」と社会進化論
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「万国公法」の記事における「「万国公法」と社会進化論」の解説
中国での『万国公法』の受容は、その当初こそ前述したように儒教的道徳を媒介とした自然法的理解からなされたが、帝国主義が大手を振ってまかり通る世界情勢とのギャップが次第に認識されるようになっていった。そうした受容姿勢の変化に大きく寄与したのが、同じく欧米からもたらされた新思想、社会進化論であった。厳復が『天演論』(1898年刊)というタイトルで翻訳紹介したこの思想は、瞬く間に世紀末の中国を席巻し、「弱肉強食」「適者生存」「優勝劣敗」ということばが流行語となった。 儒教的・自然法的な『万国公法』理解は、その公的・道徳的性格は天(自然)に由来するものだと受け止められていたが、「社会進化論」においてはその同じ天が各国間の競争を促し切磋琢磨することで進化させるのだと説いた。そこでは弱者保護や平等といった観念は払拭されており、天の役割が大きく転換されている。すなわち強国が弱小国を併呑していく当時の世界情勢(帝国主義時代)は、自然の摂理であると受け取られ、『万国公法』の説く「万国並立」「万国対峙」という理念は建前に過ぎないといったシニカルな受容をもたらした。 以後、西欧と同じ「文明国」(=富強国)とならなければ、不平等条約を解消し、「万国公法」の恩典には与れないという考えが広がっていき、西欧列強をモデルとした富国強兵改革が推進される思想的要因となった。
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