洪水 洪水の概要

洪水

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/26 16:04 UTC 版)

浸水し水没してしまった車(フランスパリ、2016年)
市街地の洪水。冠水した道路を車や人が行き交う(日本三重県津市、2004年)
街に流れ込む洪水、および冠水した道路を走る車(フランス、2016年)

原因

ヴルタヴァ川の増水(チェコプラハ、2013年)
令和元年東日本台風の大雨に伴う阿武隈川の氾濫により浸水した川沿いの農地(日本・福島県、2019年)

河川氾濫

洪水の最も主な原因は、台風集中豪雨、前線の停滞による大雨などによって多量の降雨が河川に集中することである[6][7]

本来自然状態においては、低地の河道は不安定であり、洪水を繰り返してきた。河川によって運ばれてきた土砂は下流部に堆積して氾濫原となり、長い年月の間に沖積低地として広い平野を形成した。本来氾濫原であるため、沖積低地は洪水の被害を受けやすく、自然状態での定住は非常に困難であったが、水利がよく肥沃な土地が広がっていることから、人類はこの低地へと進出し定着した[8]。しかしこのため、沖積低地に定住した人類は頻繁な洪水に悩まされることとなり、さまざまな治水の試みが行われてきた[9]。また自然状態では、幾度も繰り返された洪水の際に運ばれた土砂が河道からやや離れた地点に堆積し、微高地を形成することがある。これは自然堤防と呼ばれ、洪水の影響を受けにくいため人類が沖積低地に進出する際の居住地とされることが多かった[10]

河道を溢れた水が氾濫しやすい場所としては、河道の勾配が急にゆるくなる地点、河道の蛇行する地点、河道が分流または合流する地点、河道の幅が急に狭まる地点があげられる。例えば扇状地の扇端は河道の勾配が急に緩くなるため、自然状態では非常に洪水と河道変遷が起こりやすい[11]。氾濫した水は、氾濫した先の地形に応じて広範囲に拡散したり、輪中のように堤防に囲い込まれている地点においては低地に滞留したり、大規模な洪水の場合は拡散した洪水が何十kmも流れ下って低地の堤防内に滞留することもある[12]。また、土砂堆積量が多く、古くから堤防が築かれて河道が固定されている河川においては土砂が河道内に蓄積され、周囲の平野よりも川の水位の方が高い天井川となるが、この場合洪水が起きると水が引きにくいため大きな被害をもたらす[13]。このほか、河道内に障害物が存在すると水位が上昇しやすくなり、なかでも河川敷に樹木が繁茂している場合は洪水時に水がせき止められ、水位上昇を顕著に引き起こす[14]

融雪・鉄砲水

積雪地では、冬季の異常な気温上昇、暖かい強風降雨や、季節変動による春季の気温上昇により融雪を要因とする洪水が発生する[15]。このほか、ダムやため池などの崩壊で貯留されていた水が一気に流れ下り下流に洪水をもたらすこともある[16]氷河地域では溶けた水が氷によってせき止められ氷河湖氷底湖を作る場合があり、これが決壊すると同様に下流に被害をもたらす。この洪水は氷河湖決壊洪水と呼ばれ、近年の地球温暖化によって発生件数は増加傾向にある[17]。こうした急な増水は鉄砲水と総称される。鉄砲水の被害が特に大きいのは、一度の降水量が非常に大きい砂漠地帯である[18]

内水氾濫

堤防の外側、すなわち河川敷から堤防内部の居住地域に水が溢れることを外水氾濫と呼ぶのに対し、堤防の内側、すなわち居住地域内の支川や水路で氾濫が起きることを内水氾濫と呼ぶ[19]

都市部においては地表のほとんどが建物やアスファルトなどによって覆われ、河道の直線化や水田の減少などにより雨水の貯留機能も落ちているため、降雨が河道へと殺到しやすく、これまで問題のなかった降雨量でも都市化によって洪水が頻発するようになった。これを都市型水害と呼ぶ[20]。またこの洪水は河川だけでなく、排水用の水路や下水道から水が逆流して起きることも多い[21]。都市には地下街地下鉄など地下空間を利用した建造物が多く、ここに洪水が流入した場合大きな被害をもたらす[22]

水位変化

洪水時の水位変化は、河川の長さと勾配に大きく左右される。日本の場合においては河川の長さが短く勾配も急であるため、上流の洪水が下流に到達するのは数時間、長くても1日から2日程度がほとんどであるが、大陸の長大な河川の場合は時期が大幅にずれ、1か月から2か月後に洪水が到達することすら珍しくない。また、これに関連して、日本の洪水は低地に水が滞留してしまった場合を除けば水が引くのも早いが、大陸においては洪水が収まるまで数日、長いものでは数か月かかることもある[23]。また、洪水時の水位変化は、上流から下流に洪水波と呼ばれるとして伝わる[24]


注釈

  1. ^ 事態の深刻さに応じ、まず避難勧告が出され、重ねて避難を促すために避難指示が出されるのが基本。ただし、緊急的にいきなり避難指示が出される場合がある。
  2. ^ 市町村が指定する学校や公民館などの避難場所に行くことが基本。それが危険と思われる場合は、近隣の安全な場所や、自宅内のより安全な場所等に移る。
  3. ^ 明日までの期間に大雨警報を発表する可能性が[高]または[中]の場合。

出典

  1. ^ Oxford Lexico. 「An overflowing of a large amount of water beyond its normal confines, especially over what is normally dry land.」
  2. ^ 欧州連合洪水指令英語版の定義。Directive 2007/60/EC Chapter 1 Article2. eur-lex.europa.eu. Retrieved on 2012-06-12.
  3. ^ 中尾 (2014), p. 2.
  4. ^ 用語解説」国土交通省中部地方整備局 木曽川上流河川事務所 2022年8月21日閲覧
  5. ^ 河川、洪水、大雨浸水、地面現象に関する用語」気象庁 2020年9月23日閲覧
  6. ^ 末次 (2019), pp. 6–9.
  7. ^ 防災基礎講座 自然災害について学ぼう 河川洪水」国立研究開発法人 防災科学技術研究所 自然災害情報室 2020年10月3日閲覧
  8. ^ 新谷 & 黒木 (2006), p. 13.
  9. ^ 新谷 & 黒木 (2006), pp. 134–135.
  10. ^ 宇野木 (2010), p. 89.
  11. ^ 新谷 & 黒木 (2006), p. 116.
  12. ^ 宇野木 (2010), p. 107.
  13. ^ 藤岡 (2014), pp. 56–58.
  14. ^ 末次 (2019), pp. 24–27.
  15. ^ 融雪期の災害に注意を!” (PDF). 北海道庁. 2018年3月10日閲覧。
  16. ^ 宇野木 (2010), pp. 114–115.
  17. ^ 「ヒマラヤで急増する氷河湖、悪夢をもたらす」 ナショナルジオグラフィック 2019.12.03 2020年9月18日閲覧
  18. ^ マッコール & 内藤 (2019), p. 64.
  19. ^ a b 防災基礎講座 自然災害について学ぼう 内水氾濫」国立研究開発法人 防災科学技術研究所 自然災害情報室 2020年10月3日閲覧
  20. ^ 宇野木 (2010), pp. 112–113.
  21. ^ 末次 (2019), pp. 42–43.
  22. ^ 末次 (2019), pp. 108–113.
  23. ^ 宇野木 (2010), p. 99.
  24. ^ 宇野木 (2010), p. 100.
  25. ^ 高橋 (2012), pp. 32–33.
  26. ^ 高橋 (2012), pp. 116–117.
  27. ^ 末次 (2019), pp. 71–72.
  28. ^ https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_00341.html 「被災した家屋での感染症対策」日本国厚生労働省 2020年10月3日閲覧
  29. ^ 「水害ごみ…都市生活者が先送りしている“危機”とは」 読売新聞 2018/08/30 2020年10月6日閲覧
  30. ^ United States National Institute for Occupational Safety and Health (NIOSH). Storm and Flood Cleanup. Accessed 23 September 2008.[リンク切れ]
  31. ^ NIOSH. NIOSH Warns of Hazards of Flood Cleanup Work. NIOSH Publication No. 94-123.
  32. ^ 「水害対策を考える 2-2-1 10年間で14億人を超える洪水被災者」 日本国国土交通省 2007年 2020年10月3日閲覧
  33. ^ 「2018年:異常気象が6,000万人に影響」 国際連合広報センター 2019年02月22日 2020年10月2日閲覧
  34. ^ 竹林 (2011), p. 16.
  35. ^ 宇野木 (2010), pp. 97–98.
  36. ^ ソロモン & 矢野 (2011), p. 35.
  37. ^ ソロモン & 矢野 (2011), p. 338.
  38. ^ 大橋 & 村山 (2003), p. 47.
  39. ^ WMO/GWP Associated Programme on Flood Management "Environmental Aspects of Integrated Flood Management." (PDF) WMO, 2007.[リンク切れ]
  40. ^ Extension of the Flood Pulse Concept (PDF) . Kops.ub.uni-konstanz.de. Retrieved on 2012-06-12.
  41. ^ Birdlife soars above Botswana's floodplains. Africa.ipsterraviva.net (2010-10-15). Retrieved on 2012-06-12.[リンク切れ]
  42. ^ 中島 (2003), p. 77.
  43. ^ 河村 (2018), pp. 451–466.
  44. ^ United States Army Corps of Engineers. Davis, CA. Hydrologic Engineering Center.[リンク切れ]
  45. ^ 吉村 & 星川 (2012), pp. 39–47.
  46. ^ BMT WBM Pty Ltd., Brisbane, Queensland. "TUFLOW Flood and Tide Simulation Software."
  47. ^ Cabinet Office, UK. "Pitt Review: Lessons learned from the 2007 floods." June 2008.[リンク切れ]
  48. ^ Petroski (2006), pp. 7–11.
  49. ^ 宇野木 (2010), p. 109.
  50. ^ 宇野木 (2010), p. 150.
  51. ^ 水屋. コトバンクより。
  52. ^ 萱野智篤(2001), 水屋とサイクロンシェルター : 防災文化の交流に向けて, 北星学園大学経済学部北星論集, Vol.39, pp.39-52.
  53. ^ 高橋 (2012), p. 19.
  54. ^ 高橋 (2012), pp. 26–27.
  55. ^ 中尾 (2014), pp. 122.
  56. ^ 新谷 & 黒木 (2006), p. 140.
  57. ^ 中尾 (2014), pp. 132–133.
  58. ^ 中尾 (2014), pp. 130–131.
  59. ^ 「首都圏外郭放水路とは」 国土交通省関東地方整備局江戸川河川事務所 2020年10月3日閲覧
  60. ^ 宇野木 (2010), pp. 110–111.
  61. ^ 中尾 (2014), p. 129.
  62. ^ 「防災基礎講座 自然災害について学ぼう 内水氾濫」 国立研究開発法人 防災科学技術研究所 自然災害情報室 2020年10月6日閲覧
  63. ^ 中尾 (2014), pp. 162–164.
  64. ^ 「避難の心得 水害・河川氾濫編」(トクする!防災) 一般財団法人 日本気象協会 2020年10月3日閲覧
  65. ^ 「気象警報・注意報や天気予報の発表区域」 気象庁 2020年9月23日閲覧
  66. ^ a b 「指定河川洪水予報」 気象庁 2020年9月23日閲覧
  67. ^ 気象警報・注意報の種類」、気象庁、2019年7月1日閲覧
  68. ^ a b 指定河川洪水予報」、気象庁、2019年7月1日閲覧
  69. ^ 大雨警報(浸水害)の危険度分布」、気象庁、2019年7月1日閲覧
  70. ^ 洪水警報の危険度分布」、気象庁、2019年7月1日閲覧
  71. ^ 川の防災情報
  72. ^ Worst Natural Disasters In History. Nbc10.com (2012-06-07). Retrieved on 2012-06-12.[リンク切れ]
  73. ^ a b 小林 (2005), pp. 2–3.
  74. ^ a b c 宇野木 (2010), p. 317.
  75. ^ a b 濱川 (2009), p. 46.
  76. ^ a b ブロール & 西村 (1994), p. 77.
  77. ^ 佐藤 (2019), p. 62.
  78. ^ 親ロ当局が「ダム爆破の偽情報流し住民を強制退去」、ウクライナ軍主張”. CNN (2022年11月2日). 2023年6月9日閲覧。
  79. ^ 【解説】 ウクライナ南部のダム破壊、得するのは誰なのか”. BBC (2023年6月7日). 2023年6月10日閲覧。





英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「洪水」の関連用語

洪水のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



洪水のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの洪水 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS