旅行の友 旅行の友の概要

旅行の友

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2013/12/13 02:42 UTC 版)

誕生までの歴史

ご飯に乗った旅行の友

大正初期に誕生したふりかけのルーツは、3つあり、フタバの「御飯の友」、丸美屋食品工業の「是はうまい」、田中食品の「旅行の友」となっている。しかし、どのふりかけにも共通して言えることは、戦争に持って行く兵糧として開発された軍需物資であり、ふりかけの開発の歴史は日本における近代の戦争の歴史とも重なっている。

以下、「旅行の友」の誕生に至る経緯を記す。

1914年に勃発した第一次世界大戦は、1918年まで続いた。当時の日本は、日英同盟にもとづき、ドイツへ開戦。海軍は太平洋のドイツ領植民地(サイパンパラオなど)へ侵攻する。

その中で海軍はある問題に直面する。それは、太平洋の南の島国は、気温・湿度が高く、当時の日本の伝統的な保存食である漬物や味噌さえも腐ってしまうのだった。そこで海軍は、当時の町で漬物商を営んでいた田中食品へ新しい保存食の開発を要請した。その中で開発されたのが『旅行の友』である。1916年のことだった。

当時の社長は、自分の子どもを戦地へ送っており、「戦地で食べ物に困らないように、少しでも栄養価の高い食べ物をなんとか食べさせてやりたい」との子を思う親心と愛情から工夫に工夫を重ねて作り上げられたのが『旅行の友』である。

当時の商品は、スチール缶で上蓋と本体にそれぞれ穴が開いており、蓋を回してそれぞれの穴を合わせれば、缶の中のふりかけが出る仕組みになっていた。また、デザインは欧亜連絡列車でもあった特急「冨士」の流線型国鉄C55形蒸気機関車が描かれていた。現在復刻版が販売されている。

また当時の日本は、非常に貧しく、すべての庶民が白飯を食べることができないような状態だった。そんな中でふりかけは、鰹節や海苔などの高い材料が使われており、いわば高級品だった。

現在まで使われている、デザイナーの大智浩によるパッケージデザイン(赤・黄・緑の切符をモチーフとした絵)は1954年から使われている。

2010年3月、広島市による「ザ・広島ブランド」に「旅行の友」が認定された。

外部リンク




「旅行の友」の続きの解説一覧




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

旅行の友に関係した商品

辞書ショートカット

カテゴリ一覧

全て

ビジネス

業界用語

コンピュータ

電車

自動車・バイク

工学

建築・不動産

学問

文化

生活

ヘルスケア

趣味

スポーツ

生物

食品

人名

方言

辞書・百科事典

すべての辞書の索引

「旅行の友」の関連用語

旅行の友のお隣キーワード

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   
検索ランキング

画像から探す

小泉海水浴場

ダブルローディング

SX-9

シャク

潮岬灯台

デュラエース

陸中海岸国立公園

核燃料輸送物





旅行の友のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの旅行の友 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2015 Weblio RSS