ストーカー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/28 00:21 UTC 版)
各国の状況
ストーキングへの法規制は、1990年にカリフォルニア州で最初に施行された[233]。その後、1990年末から2000年初頭にかけて、英語圏とヨーロッパ諸国に広がった[233]。法律としては暴力の予防として法が定められた後、ストーキングそのものを犯罪として扱うようになった[233]。ただし、多くの国々ではDVの一環としてストーキングが法整備されており、ストーキング単体を犯罪としている国はヨーロッパ、北アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、日本などと限られている[234]。ストーキングの証明には複数回続いた行動であること、加害者が被害者を害する意図があること、一般人であれば誰でも恐怖を感じる事案であることの3点が求められる[235]。前述のストーキングを犯罪として法整備した国々では、被害が軽度の場合は被害者保護のため民事裁判で接近禁止令を出し、これに違反した場合刑罰を科されることが多い[235]。昨今のストーキング法制は被害者保護の観点から、行為の予防と処罰の早期化が進んでおり、行為の処罰のための刑法と異なるとして、議論を巻き起こしている[236]。
日本
社会背景
「ストーカー」という言葉が日本で定着したのは1990年代のことである[237]。それ以前は、行為者が見知らぬものであれば「変質者」、知り合いであれば「痴情のもつれ」という言葉が使われていた[238]。1995年10月、アメリカ合衆国でのストーカー事情を紹介したリンデン・グロス『ストーカー ゆがんだ愛のかたち』の訳書が出版された[239]。秋岡は、当時日本語にはストーカーの訳語がなかったため、原語のまま翻訳した[239]。同作はマスメディアに取り上げられ、元々の課題に名前が充てられたことで、被害に目が向けられるようになった[239]。その後、平成9年(1998年)にストーカー問題研究家の岩下久美子が『人はなぜストーカーになるのか』を出版した[240]。
秋岡は以下の要素から、歴史的ならびに社会的に続いてきた男性優位社会が、悪影響を及ぼしていると述べている[241]。
- 男性から女性への接触方法が「しつこく迫る」の一択と思い込み、女性の話を聞かないままアプローチを続ける男性[241]。
- 結婚について「嫁のやりとり」という表現の存在[242]。
- 他者の言葉を尊重し、相手が嫌がることをしないことができない人間が多いこと[243]。
加害者
警察庁の発表によると、ストーカーの男女比は男性が8割となっている[注 7]。性別ごとにストーキングの傾向に違いが見られ、男性ストーカーは被害者女性の私的な空間でストーキングを行うが、女性ストーカーは被害者男性にとって公的な空間や[245]被害者家族に会うなどの遠回し気味な形でストーキングを行う[75]。また、男性ストーカーの方が被害者を追い続ける傾向がある[246]。ストーカーの年齢層は若年層の増化と[247]、女性の晩婚化で30代、40代の女性をターゲットにした高齢男性の増加がみられる[248]。例えば退職して家庭での居場所が失われた男性が、自身のプライドを維持してくれる存在を求め、若い女性からの受容を契機にストーカーに豹変することがある[249]。また、高齢のストーカーは若いストーカーに比べて過激化も早いとされている[246]。
ストーカー、家庭内暴力の加害者に携わり続けてきた民間団体アウェアの代表である吉祥眞佐緒は、執着心や支配欲を持ったストーカーが幼少期からの家庭環境により生み出されるとしている[250]。吉祥によると、暴力を日常的に見ることで、自身の意に反した行動を取った人間を罰しても問題ないと判断する「ストーカー予備軍」が若者の間で増え続けている[251]。吉祥はアウェアで行っている「デートDV防止教育プログラム」のワークショップを通じて、デートDVやストーカー加害者もしくは被害者に見られる兆候が、10代の子供たちに強く刷り込まれていると述べている[252]。また、その観念が既に固定化、定着しているとも述べている[253]。
- 被害者非難
- 被害者側に落ち度がない旨の説明に否定的な反応[254]。
- 歪んだ恋愛観
- ヴァーチャルコミュニケーションの急速な普及[257]
- 相手の配慮を欠いた状態での憎悪を募らせやすい状況の構築[258]。
- 理由のある暴力の肯定[259]
被害者
被害者は被害状況の流布や哀れみを恐れて相談を避ける、あるいは相談しても拒絶されて相談することを諦めてしまう[260]。しかし、被害者の落ち度を肯定することは加害を助長し、周囲がストーカーへ共同絶交を明言しない限り加害行為は続く[261]。そこで、暴力を見抜く能力を身に付ける必要性の他[262]、幼稚園生や小学生からの教育が必要となる[263]。吉祥は、防止教育の義務化を強く訴えている[264]。
法規制
現代の日本ではストーキングに対して、『ストーカー行為等の規制等に関する法律』(ストーカー規制法)、『配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律』(DV防止法)、その他刑法、軽犯罪法[265]、都道府県条例の適用が考えられる[266]。民事上の責任としては、慰謝料や損害賠償の請求が発生する可能性がある[267]。ストーキングの個々の行為は、人格権に基づく差止請求や物権的請求権に基づく住居への進入禁止などに繋がり得る[168]。社会問題として認知されていたストーキングは、個々の行為について、迷惑防止条例や軽犯罪法で対応していた[268]。しかし、刑法や軽犯罪法でストーキングそのものを裁くことができなかった[269]。また恋人や夫婦など親密な関係の中で発生することが多いため、警察で対応することが困難だった[269]。平成11年(1999年)7月に、鹿児島県にて全国で初めての「ストーカー防止条例」にあたる[270]、「公衆に不安等を覚えさせる行為の防止に関する条例」(平成11年鹿児島県条例第42号)[1]が成立した[270]。この条例は10月に施行された[1]。同年12月16日、警察庁では女性や子供が被害を被る犯罪の増加を踏まえ、「女性・子どもを守る施策実施要綱」が制定された[271]。これによって刑罰に触れない内容でも個人の財産や身体などを守るべく、相手方への警告以外の手法を積極的に取ることができるようになった[272]。その後、1999年に発生した桶川ストーカー殺人事件を機に、ストーカー規制法が制定された[273]。ただし、この法律は取材や組合活動を規制から外すために、ストーカーの恋愛感情などの好意を寄せる感情が充足しなかったことによる怨恨を満たすことを目的としたものに限定している[18]。このことから、ストーカー規制法における規制対象は、実際のストーキング行為の一部となっている[18]。群馬県や福島県、埼玉県など地方自治体によっては、ストーカー規制法では対処できない事案への対応として、成立後迷惑防止条例の制定・改正を行った[274]。
中国
中国の不法行為責任法では、国民のプライバシーを侵害する行為は不法行為責任の対象となる。ストーカーが他人のプライバシーを盗撮、盗聴、拡散する場合、公安行政処罰法第42条では、5日以下の拘留または500元以下の罰金、さらに状況が深刻な場合は、5日以上10日以下の拘留、500元以下の罰金と明確に規定されている[275]。
しかし、中国の現在の司法制度の下では、違法なつきまとい、嫌がらせ、監視などのストーカー行為に直面した個人に対する司法保護が不足している。 有名人であっても、私人によるストーカー行為に直面した場合、長期間にわたって事態を解決できないことがある[276]。 中国国内では、ストーカー被害に遭った一般人が司法に頼ってもなお問題を解決できない場合があることを示す事例が多く、2018年3月に安徽省蕪湖市で起きた事件では、ストーカー被害に遭った女性が警察への援助を繰り返したが効果がなく、最終的には殺害された[277]。 同年7月に河北省で起きた淶源殺人事件では、長い間ストーカーや嫌がらせを受けていた女性とその家族も何度も警察に救助を求めたが、無駄であった。 相手の男性が武器を持って家に侵入してきたときだけ、両親は「お返しに殺した」のである[278]。
中国大陸の社会・文化では、「良い女(殉教者)はストーカーを恐れる」ということわざがあるように、「ストーカー」式の求愛が非常に珍重されており、文学作品も公然とそのような行動を推奨し、異性間のストーキングはこのように求愛として美化されている[279][280]。 こうした行動は文学や芸術の世界でも公然と奨励され、異性間のストーキングはこうして求愛行動として美化された。 現実には、当事者が面識がなく、ストーカーが気づかないうちにそのような行為が行われることさえある。 オンラインプラットフォームなどを通じて、またインターネットでのコミュニケーションが容易になったことで、個人や組織が様々なタイプの「求愛」ストーキングやストーカー行為に直接参加、促進、支援する事例が多くなっている[281][282]。
台湾
台湾では、毎年7000件以上の報告があり、そのうち半数近くが1年以内、4分の1が3年以内に繰り返し嫌がらせを受け、被害者の8割が女性である[283]。2014年に現代女性財団が行った調査では、ハラスメントを受けた人のうち、通報・苦情申し立てをする人は1割にも満たず、若い女子学生の12.4パーセントがストーカー被害に遭っていることが判明し、同財団は「ストーカー防止法」の立法を推進した[284]。しかし、同法案は2015年に立法院で初審議されて以来、審査が行われていない[285]。2019年、民進党は「警察の職務が増える」という理由で法案の3回目の審議を妨害した[286]。2021年になって、女性殺害事件を理由にストーカー防止法が再び立法院で審議され、可決された。立法過程において、民進党はストーカーの定義を「性別または性差に関連するもの」に限定するよう主張した[287]。
ストーカー行為防止法によると、ストーカー行為を行った者は、1年以下の懲役、拘留または10万台湾ドル以下の罰金に処されることになっている。凶器またはその他の危険物を携帯して前述の罪を犯した者は、5年以下の懲役、拘留または50万台湾ドル以下の罰金、もしくはその両方に処するものとする。第12条第1項ないし第3項により裁判所が下した保護命令に違反した者は、3年以下の懲役、拘留または30万台湾ドル以下の罰金に処する[288]。
アメリカ合衆国
アメリカ合衆国では1980年に発生したジョン・レノンの殺害を契機に、ストーキングが世間に注目されるようになった[289]。その後ジョン・ヒンクリーがジョディ・フォスターの気を引こうとして起こした1981年のレーガン大統領暗殺未遂事件や、1982年に発生したテレサ・サルダナがアーサー・ジャクソンに刺される事件など、数多のスター・ストーキングが発生した[289]。そして、1989年に発生したレベッカ・シェーファーの事件を機に、1990年にカリフォルニア州で反ストーキング法(英: anti-stalking law)が初めて成立した[289]。1997年4月までに[290]、メイン州を除いた[3]、49の州とコロンビア特別区にてストーキング防止法が成立した[290]。ただし、アメリカの州法でハラスメントやストーキングに関するものの多くは、加害者から被害者が直接受けた被害のみ対象としている[291]。
米国のある調査では、女性がストーカーのターゲットに選ぶ相手はしばしば女性であるが、 男性がターゲットに選ぶ相手は女性である傾向があるという[292]。2009年1月の米国司法省の報告によると、男性被害者から見たストーカーは男性が43パーセントで女性が41パーセントとほぼ半々であるのに対して、女性被害者から見たストーカーは男性が67パーセントで女性が24パーセントであり、男性からストーカーされる割合が約3倍だったという[293]。
Sex Rolesの記事でJennifer Langhinrichsen-Rohling(以下、Jennifer LRと略)が指摘しているところによると、性別というものが、ストーキングやその加害者と被害者に複雑に作用しているという[294]。Jennifer LRによると、性別によって、つきまとい行為に遭遇した時の感情的な反応、感じる恐怖の程度が異なるという[294]。また事案を扱う警察の扱い方にも、被害者が男性か女性かによって差がある可能性があるといい[294]、また被害者になった場合も性別で対処のしかたに差があり[294]、またストーカー側の考え方にも性別が影響を与えている可能性があるという[294]。またアメリカのマスメディアが、男性が女性につきまとうのは許されることだと見なす見解を伝えたりすることの影響を受けてアメリカの男性たちがそう考えてしまっている可能性があるという[294]。またジェンダーロールという観念も米国で社会的に根強いので、男性はストーキングの被害に遭っても、しばしばそれを申告しないという[294]。女性から男性へのストーキングは、事態がエスカレートして深刻化するまで問題として取り上げられないことも多い[70]。
イギリス
イギリスでのストーキングは、刑事司法機関が法律を適切に運用できていないことや、送致件数が増加しているにもかかわらず基礎件数が増えていないことが2017年の調査で指摘されている[295]。また、ストーキングを家庭内暴力や虐待の延長として捉えているため、不審者によるストーキングに法律や行政上の措置が不十分とされている[121]。これはイギリスの法令がstalkingという用語を定義していないなど、ストーキングへの対応が曖昧で、ストーキング被害者の刑事司法機関への信頼は低い[121]。
1997年ハラスメント保護法が最初に施行されたストーキングの法律となっている[296]。イングランドとウェールズで2010年~11年に調査が行われたところ、つきまとい行為の被害者の43パーセントが男性で、被害者の57パーセントが女性であった[297]。
ドイツ
Dressing、Kuehner、Gassらが行った調査によると、ドイツの中規模都市であるマンハイムでは、人々が「生涯でつきまとわれたことがある」率はおよそ12パーセントであった[298]。
ロシア
ロシア連邦の刑法では、ストーカー行為のような独立したコーパスは存在しない。しかし、弁護士は、ロシアでの迫害も深刻な罰金になると主張している。ストーカー行為の被害者は、すでに法典にある条文を利用すればよい。だから、迫害者が脅迫を使用する場合は、ロシア連邦の刑法第119条「殺人の脅迫または重大な身体的危害の発生」を参照する必要がある。この場合、犯罪者は480時間以内の強制労働または2年以内の強制労働で処罰される。また、迫害者は6ヶ月以下の逮捕、または2年以下の自由拘束(制限)を受ける可能性がある。「プライバシーの侵害」(ロシア連邦刑法第137条)は、ストーカー行為の一部として適用されることがある。この犯罪は、私生活に関する情報の違法な収集とその普及(公的なスピーチやメディアを含む)に現れる。この場合、犯人は20万ルーブル以下の罰金、360時間以下の強制労働、さらには2年間の禁固刑を受ける可能性がある。さらに、迫害者はしばしばロシア連邦刑法第138条に違反する。市民の通信、電話の会話、郵便、電信、その他のメッセージの秘密に対する違反である。この条文では、8万ルーブルの罰金から1年以下の矯正労働まで、さまざまな処罰が規定されている[299]。
また、その具体的な形態として、例えば、殺害または重大な身体的損害を与えるという脅迫(ロシア連邦刑法第119条)、プライバシーの侵害、すなわち、個人または家族の秘密となる人の私生活に関する情報を本人の同意なく違法に収集または流布(ロシア連邦刑法第137条)、家の不可侵性に対する侵害(ロシア連邦刑法第139条)についても刑事責任を問われることがあり得る[300]。
オーストラリア
Purcell、Pathé、Mullenらが2002年に公表した研究によると、オーストラリアの住民の23パーセントが、つきまとわれた経験がある、と報告した[301]。
オーストラリアの各州は1990年代にストーカー行為を禁止する法律を制定しており、クイーンズランド州は1994年に初めて制定した。法律の内容は州によって若干異なり、クイーンズランド州の法律が最も範囲が広く、南オーストラリア州の法律が最も制限が厳しい。罰則は、最高で10年の禁固刑となる州もあれば、ストーカー行為の程度が最低でも罰金となる州もあり、さまざまである。オーストラリアのストーカー規制法には、特筆すべき特徴がある。米国の多くの法域とは異なり、ストーカー行為によって被害者が恐怖や苦痛を感じる必要はなく、合理的な人であればそのように感じるであろうということだけが要件となっている。一部の州では、ストーカー規制法が国境を越えて適用されるため、本人または被害者が該当する州にいる場合、ストーカー行為で起訴される可能性があることを意味する。オーストラリアのほとんどの州では、ストーカー行為の場合に接近禁止命令を出すことができ、その違反は刑事犯罪として処罰される。オーストラリアのストーカー事件の裁判結果に関する研究は比較的少ないが、Freckelton(2001)によると、ビクトリア州では、ほとんどのストーカーが罰金や地域社会に基づく処分を受けたという[302]。
注釈
- ^ 参考文献ではゾーマ(Zoma)だが、The British Journal of Psychiatryと[48]、A MULTIVARIATE MODEL OF STALKING BEHAVIOURS[49]、Journal of Forensic Sciencesでタイプミスと見られるため[50]、元文献に照らし合わせてゾーナと記す。
- ^ 被害者が大学生の場合[169]。
- ^ 夫婦間の派生によるストーキングの場合[170]。
- ^ 夫婦間の派生によるストーキングの場合[170]。
- ^ 警察・検察の調書や判決文など、裁判で用いられたすべての資料[196]。
- ^ 活動名[208]。
- ^ 一方で、NPO法人ヒューマニティへの相談の割合では半々となっている[244]。
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