ラオスとは?

辞典・百科事典の検索サービス - Weblio辞書

初めての方へ

参加元一覧


用語解説|基本情報|地図|ニュース|動画|本・雑誌|文献|商品|全文検索|用例

三省堂 大辞林

三省堂三省堂

ウィキペディア

ウィキペディアウィキペディア

ラオス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/08 11:02 UTC 版)

ラーオ人民民主共和国
ສາທາລະນະລັດ ປະຊາທິປະໄຕ ປະຊາຊົນລາວ
Lao People's Democratic Republic
ラオスの国旗 ラオスの国章
国旗 (国章)
国の標語: ສັນຕິພາບ ເອກະລາດ ປະຊາທິປະໄຕ ເອກະພາບ ວັດທະນາຖາວອນ
(ラーオ語: 平和、独立、民主主義、統一、繁栄)
国歌: ペーン・サート・ラーオ
ラオスの位置
公用語 ラーオ語
首都 ヴィエンチャン
最大の都市 ヴィエンチャン
政府
国家主席[1] チュンマリー・サイニャソーン
首相 トーンシン・タムマヴォン
面積
総計 236,800km279位
水面積率 2.5%
人口
総計(2008年 6,320,000人(101位
人口密度 26人/km2
GDP(自国通貨表示)
合計(2008年 45兆7,114億[2]キープ(キップ)
GDPMER
合計(2008年 52億[2]ドル(142位
GDPPPP
合計(2008年 137億[2]ドル(129位
1人あたり 2,204[2]ドル
独立
 - 日付
フランスより
1949年7月19日
通貨 キープ(キップ)(LAK
時間帯 UTC (+7)(DST: なし)
ISO 3166-1 LA / LAO
ccTLD .la
国際電話番号 856

ラーオ人民民主共和国(ラーオじんみんみんしゅきょうわこく)、通称ラオスは、東南アジアに位置する共和制国家。国土面積は236,800平方㎞。内陸国であり、北に中華人民共和国、西にミャンマー、東にベトナム、南にカンボジアタイと国境を接する。首都はヴィエンチャン東南アジアの国では唯一に面しない。

目次

国名

正式名称は、ラーオ語でສາທາລະນະລັດ ປະຊາທິປະໄຕ ປະຊາຊົນລາວ、(ラテン文字転写 : Sathalanalat Paxathipatai Paxaxon Lao、読み : サーターラナラット・パサーティパタイ・パサーソン・ラーオ)。

サーターラナラットが「共和国」、パサーティパタイが「民主主義」、パサーソンが「人民」、ラーオが「ラーオ族」を意味する。

公式の英語表記は、Lao People's Democratic Republic(ラウ・ピープルズ・デモクラティック・リパブリック)。ビザなどでは「Lao P.D.R」と略される。通称は Laos (ラウス、または、ラオス)。

日本語表記は、ラオス人民民主共和国。通称はラオス。日本での漢字表記は羅宇[3]。一方、中国国内や、国外の華人の漢字文化圏では老挝・老撾・寮などと表記する[4]

歴史

ラオスの歴史は、中国南西部(現在の雲南省中心)にあったナンチャオ王国南詔国)の支配領域が南下し、この地に定住者が現れた時代に始まる。王国滅亡後の1353年に、ラーオ族による統一王朝ラーンサーン王国ファー・グム王英語版により建国され、その勢力は現在のタイ北東部やカンボジア北部にまで及んだ。ラーンサーンとは「100万のゾウ」という意味である。昔、ゾウは戦の際に戦車のように使われていたため、この国名は国の強大さを示し近隣諸国を警戒させた[5]

しかし、18世紀には、ヴィエンチャン王国ルアンパバーン王国英語版チャンパーサック王国の3国に分裂し、それぞれタイやカンボジアの影響下に置かれ、両国の争いに巻き込まれる形で戦乱が続いた。19世紀半ばにフランス人がインドシナ半島に進出し始めた頃には、ラオスの3国はタイの支配下にあったが、ラオスの王族はフランスの力を借りて隣国に対抗しようとし、1893年仏泰戦争英語版の結果、フランスの保護国となり仏領インドシナ連邦に編入された。

第二次世界大戦中には日本に占領された後、1945年4月8日に日本支配下で名目上独立宣言した。戦後、フランスが再び仏領インドシナ連邦を復活させようとしたことが原因で、1946年第一次インドシナ戦争が勃発。1949年フランス連合内のラオス王国として名目上独立。その後1953年10月22日、フランス・ラオス条約により完全独立を達成した。

独立後、ラオスでは右派、中立派、左派(パテート・ラーオ)によるラオス内戦が長期にわたり続いた。1973年、アメリカがベトナムから撤退、1974年三派連合によるラオス民族連合政府が成立したが、1975年南ベトナムサイゴンが陥落すると、12月連合政府が王政の廃止を宣言、ラオス人民民主共和国を樹立した。1977年12月、在ラオス日本大使館杉江清一書記官夫妻殺害事件が発生。反政府派による政治的犯行を示唆する発表がラオス国営放送から成された[6]

2007年6月、アメリカに亡命したミャオ族の元王国軍将軍とアメリカ軍退役少佐によるクーデター計画が発覚。関係者はアメリカ司法当局により局外中立違反で逮捕された。




  1. ^ 日本国外務省ホームページの表記による。
  2. ^ a b c d IMF Data and Statistics 2009年4月27日閲覧([1]
  3. ^ 新村出編『広辞苑』第4版(岩波書店、1991年)。
  4. ^ 中国国内の大陸簡体では老挝香港マカオ港澳繁体では老撾で、いずれもと省略する。 マレーシアシンガポール馬新簡体台湾台湾正体ではの一文字でLaoを表記する。華人系ラオス人の間ではが広く使われており、ヴィエンチャン市内には中国語学校の名門「寮都学校」があり、また、日寮、寮華などの略称を冠する団体、企業はラオス国内外を問わず多数存在する。
  5. ^ ナショナルジオグラフィックス世界の国 ラオス(ほるぷ出版 2010年6月25日)
  6. ^ http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/085/0020/08510130020001c.html
  7. ^ ラオス人民民主共和国憲法(日本語訳)(PDF 法務省 ICD NEWS 第13号)
  8. ^ International Institute for Strategic Studies(IISS),The Military Balance 2008
  9. ^ IMF
  10. ^ 国民経済計算
  11. ^ 通貨 - ラオス - ウィキトラベル
  12. ^ NHK-BS1 2009年11月10日放送 きょうの世界より
  13. ^ ラオス統計局http://www.nsc.gov.la/
  14. ^ ラオスの人口・雇用・失業率の推移 世界の経済ネタ帳
  15. ^ 地球の歩き方 ラオスの現地情報


「ラオス」の続きの解説一覧




固有名詞の分類



ラオスに関連した本

ラオスに関係した商品



ラオスのページへのリンク

[PR] おすすめ情報

「ラオス」の関連用語
ラオスのお隣キーワード
モバイル
モバイル版のWeblioは、下記のURLからアクセスしてください。
http://m.weblio.jp/
» モバイルで「ラオス」を見る
_ _   


ラオスのページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
三省堂三省堂
Copyright (C) 2001-2012 Sanseido Co.,Ltd. All rights reserved.
株式会社 三省堂三省堂 Web Dictionary
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのラオス (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2012 Weblio RSS