記号の濫用 例

記号の濫用

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/05/01 06:39 UTC 版)

関数

f(x) を関数とする」のような表現がしばしば用いられるが、これは記号の濫用である。関数とは f のことであり、f(x)定義域の元 xf による値だからである。だから厳密には「f を変数 x の関数とする」とか「xf(x) を関数とする」と書くのが正しいのであるが、記述の簡便のため記号の濫用が広く使われている。

同様に例えば「関数 x2 + x + 1 を考える」という表現も記号の濫用であり、本来関数とは xx2 + x + 1 を対応させる規則であるが、これも混乱を招かないため広く用いられている。しかしながら、たいていの数式処理システムでは数式と関数は区別されているから、計算機代数の初心者はこの習慣のせいでしばしば誤った入力をしてしまう。

集合

単元集合* = {*} と表したり、零ベクトル空間0 = {0} と表したりするが、これらは集合とその元が同じであるというわけではない。

同値類

同値関係同値類[x] でなく x と書くのは記号の濫用である。形式的には、集合 X を同値関係 によって分割したとき、各 xX に対し、同値類 {yX  |  yx}[x] と表記される。しかし実際には、議論がもとの集合の個々の元ではなく同値類にあるとき、角括弧を落とすのが一般的である。あるいは、実際には個々の元の方を考えているのに、同値類を指す記号を用いることもある。

前者の例としては、例えば、合同算術において、n を法とした x の合同類を単に x と書いたり、ルベーグ積分論において、測度空間上の可測関数を「ほとんどいたるところ等しい」という関係で割った空間(たとえば L2)を考えるときに、同値類をもとの関数と同じ記号で表したりする(ここで注意すべきことであるが、商空間では「関数 fx における値 f(x)」というものは全く意味を持たない)。

後者の例としては、例えば、群 G の既約表現の同値類の全体をここでは仮に A と書くと、G の既約表現は普通 (π, V) ∈ A あるいは π ∈ A と書かれる。

導関数

解析学における導関数ライプニッツの記法 dy/dx に関するある代数的操作は記号の濫用である。数式 dy/dx を分数のように扱うのがしばしば便利で、例えば、合成関数の微分に対し dy/dx = dy/dudu/dx は正しい(連鎖律)。別の例は微分方程式を解くときの変数分離である。方程式 dy/dx = g(x)/h(y)h(y)dy = g(x)dx と書き直し、積分するのである。

関連する記号の濫用として、1/xdx のような積分を

と、まるで dx1/x に掛かった因子であるかのように書く。

これらの操作は微分形式の理論で厳密にすることができる。

ナブラ演算子

ナブラ演算子 は偏微分作用素をベクトルとして並べた組である:

これにより勾配 f 発散 ∇⋅v 回転 ∇×v のような表記ができる。 は多くの場合ベクトルのように振る舞うので、この記法は非常に便利であるが、 はベクトルと可換ではなくベクトルのすべての性質を満たすわけではないので記号の濫用と言える。

クロス積

ベクトル a = (a1, a2, a3)b = (b1, b2, b3)クロス積を形式的に行列式を用いて

と書くことができる(第一行について"余因子展開"する)。これは記号の濫用であるがクロス積の記憶術としてもまた計算においても役に立つ[1]

デカルト積

デカルト積はしばしば結合的と見ることができる:

これはもちろん厳密には正しくない。xE, yF, zG とすると、等式 ((x, y), z) = (x, (y, z))(x, y) = x, z = (y, z) を意味することになってしまい、また等式 ((x, y), z) = (x, y, z) は無意味である。

この概念は圏論において自然同型の概念を用いて厳密にできる。

ランダウの記号

ランダウの記号を用いて、f(x) O(g(x)) であると言ったり、f(x) = O(g(x)) と書いたりするのは記号の濫用である。

同型

等式同型英語版の違いをはっきりさせないのも記号の濫用である。例えば有理数からデデキントの切断によって実数を構成英語版すると、有理数 rr 未満のすべての有理数と同一視されるが、この2つは明らかに同じものではない。しかし、有理数全体の集合と、{x  |  x < r} の形のデデキント切断全体の集合は同じ構造を持つからこの曖昧さは許容される。この濫用により QR の部分集合とみなされる。

有限素点と素イデアル

素点とは付値の同値類のことであるが、特に有限素点(=非アルキメデス付値の類)はオストロフスキーの定理により素イデアルと対応する。このときこの両者を同一視することがしばしばある。

ディラックのデルタ関数

ディラックのデルタ"関数"は関数ではないが例えば畳み込みを計算するときにしばしば関数として扱われる。


  1. ^ Stewart, James (2007). Multivariable Calculus (6th ed.). Brooks/Cole. pp. 822–823. ISBN 0-495-01163-0 
  2. ^ Bourbaki, Nicolas (1988). Algebra I: Chapters 1-3. Elements of Mathematics. Springer 


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