観光 日本における観光の歴史

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観光

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/02 16:49 UTC 版)

日本における観光の歴史

前史

日本では律令国家成立後に五畿七道の行政区画と駅伝制が導入され、整備された街道を通じて古くから人々の往来が行われていた[31]

中世には富と権力を手に入れた上皇や貴族らにより平安京から南都七大寺への参拝が行われるようになったのを皮切りに、神社仏閣への巡礼が行われるようになった[31]

近世に入り社会が安定した江戸時代中期以降、江戸幕府や諸藩は信仰や医療[注釈 4]を目的とした旅を容認していたことから、伊勢神宮への参詣が身分を超えて広がり、の代表者が参拝を行う代参講や集団で伊勢を目指すお蔭参りが定着した。それらは次第に名所巡りや飲食を楽しむ旅へと変容し、「旅」「行旅」「遊山」などと呼ばれた。寺社や景勝地を紹介した各地の名所図会や、『東海道中膝栗毛』のような旅行文学も刊行された[23][31][33]

「観光」という用語の登場

古代中国の書物である『易経』に「観国之光,利用賓于王(国の光を観る、用て王に賓たるに利し)[注釈 5]」との一節があり、「観光」はこれを略した成句であるというのが定説である[3][5][8][13][34][35]。したがって、明治期に西洋から輸入された多くの概念が和製漢語に当てはめられ理解されていったのに対し、観光という言葉そのものの起源は東洋にあるということになる。

「観光」という用語の使用が確認できる最も古いものは、1855年にオランダから江戸幕府に献上された洋式軍艦「観光丸」である。誰がどのようにしてこの艦名をつけたのか明らかになっていないが、珍しさや誇らしさを表したり「国の威光を海外に示す」という意味が込められていたと考えられる[3][34]。また、明治時代初めの米欧使節団を率いた岩倉具視は、報告書である『米欧回覧実記』冒頭に「観」「光」と揮毫している[注釈 6][37]。岩倉は後に、東京奠都により衰退した京都の経済再生の一環として、洋風迎賓館を建てて外国の賓客をもてなすことを政府に献策している[36][38]。なお、「観」という漢字には「示す」という意味もあり、「外国の要人に対して国の光を誇らかに示す」という意味も込められているとする説もある[3]

このほかに佐野藩の藩校「観光館」や国産品奨励を目的として設立された「観光社」など固有名詞の中での使用例があるが、用語として広く普及したとは言い難い[注釈 7][34]

観光の変遷

鉄道省のポスター(1930年代)

1872年の日本の鉄道開業以降、各地で鉄道のネットワークが広がってゆき、これにより国内旅行が盛んになるが[33][39]、このころは「遊覧」や「漫遊」の語が使われるのが一般的であった[注釈 8][5][34][40]。1886年に東京府師範学校が「長途遠足」を開始し、内国勧業博覧会の開催などとも合わせて修学旅行が促進された[39]。1905年には鉄道を利用して高野山と伊勢へ参詣するパッケージツアーが南新助日本旅行の創業者)によって始められている[39]

1893年、渋沢栄一益田孝の旗振りにより、日本で始めて外客誘致に取り組んだ民間団体である喜賓会(: Welcome Society)が設立され、設立目的に「旅行の快楽、観光の便利に」が掲げられた[34][40]。喜賓会は1912年にジャパン・ツーリスト・ビューローとなり、日本交通公社の前身となっている[5][40]

1923年・1924年ごろにはアメリカ移住団の祖国訪問について「母国観光団」と大々的に新聞報道されており、観光の語が現代的な意味として一般に認知されるようになったのはこの頃からともいわれる[3]

濱口内閣は、元帝国ホテル副支配人で熱海ホテル経営者の岸衛[注釈 9]の働きかけを受け、外貨獲得のための外客誘致事業を目的とした機関の設置を決定した。これが1930年4月24日付け勅令83号によって創設された鉄道省の外局「国際観光」である[5][3][35][40][41]。名称の候補には「観光局」「国際局」「外客誘致局」などがあったが、当時の鉄道大臣江木翼により決定された[40][42]。なお、英文名はBoard of Tourist Industryとなっており、ツーリズムの語を用いず、国際にあたる表示もなされていない[注釈 10][34]

「観光」の語は原典を紐解くとアウトバウンドを指すものとも解釈できるが[35]、このように戦前の「観光」を冠する事業はインバウンドを中心としたものであった[注釈 11][5][40]

国内旅行も包含した今日の意味合いでの「観光」が定着したのは、マスツーリズムが到来した1960年代以降であるとする指摘もある[34]。宮崎バス(現・宮崎交通)が、「名勝」「遊覧」といった表現が享楽性を連想させるとして、戦中戦後に「参宮」「観光」へ名称変更した事例が報告されている[5]

庶民に普及した当初は観光に行くことそれ自体が贅沢でありステータスであったが、観光が身近な存在になるに連れて「どこに行くのか」「何をするのか」が次第に重視されるようになっていく[23]


注釈

  1. ^ a b 2000年度版『観光白書』では「兼観光」という言葉が用いられており、楽しみを兼ねる商用旅行の存在も観光の一形態として認められている[13]
  2. ^ Clare A. Gunnは、レクリエーションは公共が関与する事業であるとしている[10]。一方、日本交通公社『余暇社会の旅』(1974年)p277では、レクリエーションは肉体・精神の回復、観光は精神の発展にあるものとされている[4]
  3. ^ 「名どころは これを都の案内者 圖會はしらとも 思ふうつし画」とあり、現在でいうところの旅行ガイドブックのような役割を担っていたことがうかがえる[28][29]
  4. ^ 具体的には湯治[32]
  5. ^ 「他国の制度や文物を視察する」、転じて「他国を旅して見聞を広める」の意[3]
  6. ^ 幕末維新ミュージアム霊山歴史館副館長の木村幸比古は、「他国の本質的な物事、優れた光、天下の風光をくまなく観る、理解する」という意であると解説する[36]
  7. ^ 用語としての観光は、朝日新聞データベース「聞蔵」による検索結果によれば、当初は固有名詞に使用されるケースしかない。普通名詞として使用された初めてのケースは、1893年10月15日に日本人軍人による海外軍事施設視察に使用された「駐馬観光」である。その後日本人軍人から外国人軍人、軍人以外の者の海外視察等へと拡大してゆき、最終的には内外の普通人の視察にも使用されるようになっていったが、いずれも国際にかかわるものである点ではかわりはなかった。
  8. ^ 一方、外国人武官による大日本帝国陸軍の視察などに「観光」の語を使用する事例も確認される[5]
  9. ^ 戦後に静岡県熱海市長を務め、『観光立国』を刊行。
  10. ^ 朝日新聞データベース「聞蔵」による記事検索では、ツーリストは1913年から外国人にかかわるものとして使用されているが、原語のtourist自体が当時原語国で外国人にかかわるものに限定されていたのかの立証は、これからの研究課題である。ツーリズムという用語については朝日新聞データベース「聞蔵」によれば、戦前は検索されないどころか、昭和末期までほとんど検索結果に表れてこない状況である。なお、観光が国内観光、国際観光を区別しないで使用されるようになったのは、戦後連合国の占領政策が終了する時期、つまり日本人の国内観光が活発化する頃からである。
  11. ^ 「観光」という言葉は国内の旅行に関しても昭和初期から一部で使用されるようにはなっていた。たとえば1936年に国際観光局が発行した「観光祭記念 観光事業の栞」には「日本国中の年も村落も、それぞれその土地を美しく立派にし、観光客の誘致を図ること、之は日本国内の問題ですから国内観光事業と呼ぶことができます」と記されている。

出典

  1. ^ デジタル大辞泉. “観光”. コトバンク. 株式会社DIGITALIO. 2022年5月3日閲覧。
  2. ^ a b c d 世界大百科事典. “sightseeing”. コトバンク. 株式会社DIGITALIO. 2022年5月3日閲覧。
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  5. ^ a b c d e f g h 千相哲「「観光」概念の変容と現代的解釈」『商經論叢』第56巻第3号、九州産業大学商学会、2016年3月22日、 1-18頁、 ISSN 1349-7375
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  9. ^ SIGHTSEEING” (英語). Lexico Dictionaries. Oxford dictionary. 2022年5月3日閲覧。 “The activity of visiting places of interest in a particular location.”
  10. ^ a b c d e f 溝尾 2015, pp. 2–4.
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  20. ^ a b 石井 2022, 前編 第1部 第1章 旅の始まり
  21. ^ a b c d 竹内 et al. 2018, pp. 11–16.
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  26. ^ 石井 2022, 後編 第1部 序章 近代ツーリズムとは
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