次元解析 例

次元解析

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/13 09:05 UTC 版)

調和振動

例としてばねにつないだ物体の振動運動について考える。水平面上に質量 m の物体をおき、垂直に立った壁と物体との間をばね定数 kばねで結ぶ。ばねの自然長の状態から物体を x だけずらし、静かに手を離すと物体は振動運動を始める。このときの振動の周期(1振動にかかる時間)T を与える式を推測する。水平面との摩擦や空気抵抗は考えない。

式に含まれるであろう定数は、物体の質量 m、ばね定数 k、初期変位 x の3つである。長さの次元を、質量の次元、時間の次元をとすれば、それぞれの定数および周期 T の次元はである。この中で長さの次元を含んでいるのは初期変位 x のみなので、式に含めることができない。なぜなら式の左辺と右辺では次元が一致しなくてはならず、初期変位を含めるならば両辺に同じだけかける必要があり、それならば無くても同じだからである。

次元がになるように mk を組み合わせる方法は一つしかない。結果次の式が求まる。

比例係数 A無次元量の定数で次元解析から求めることはできない。この運動の運動方程式を直接解くと周期は

となり、A = 2π のもとで両者は見事に一致している(固有振動も参照)。このように簡単な問題ならば次元を考えるだけで見通しが立つ。式の次元が合うことは必須の要請であるので、式の間違いをチェックする場合にも使える。

バッキンガムのΠ定理にしたがって考えると、物理量が m, k, x および T の4つで、次元がの3種類なので、次元行列は

となる(便宜的に列が m, k, x, T 、行がに対応していることを明記しているが、本来の次元行列には含まれない)。null M = 1 から、1個の無次元量があることが分かる。関係式はすなわちこの無次元量が定数ということである。

減衰振動

ばねにつながれた物体が、速度に比例した大きさの抵抗(粘性抵抗力)を受けながら一次元運動することを考える。運動方程式は以下である[5]

式に現れる定数は、物体の質量 m粘性抵抗の比例係数 cばね定数 k の3つで、それぞれの次元はである。

この運動では、特徴的な時間尺度 (characteristic time scale) が2つ存在する。即ち、

  • 減衰時間:
  • 固有周期:

の2つの時間が現象を特徴づけており、時間尺度の競合が起こる。つまり τ1/ω の大きさのバランスによって運動の様子が変わることが予想される。

Π定理からは、物理量が m, c, k の3つで次元がの2種類である(調和振動のときと同じ理由によって初期変位は入れなくても良い)から、次元行列が

となる。したがって1つの無次元量でこの現象を特徴づけられることがわかる。この無次元量には通常、減衰比と呼ばれる

が用いられ、実際に運動方程式を解析的に解くと、ζ < 1 のとき減衰振動、ζ = 1 のとき臨界減衰、ζ > 1 のとき過減衰となり、運動が定性的にも変化する。

流体機械

ポンプ送風機発電用水車などのターボ機械は内部流れが複雑であるため、その挙動を表すナビエ-ストークス方程式を直接解くことができない。しかしその運転状態は以下の条件を与えるとおおよそ決まることが分かっている:

  • 作動流体の密度 ρ (次元は
  • 機械の大きさ D (
  • 回転速度 N (
  • 流量 Q (

このとき、次の未知量を推測する:

  • 圧力 P (
  • 出力 L (

この場合は物理量は6つ、次元が3種類である。

次元が一致するように各変数のべきを調整すると、(変数が多いので一意ではないが)以下のように関係式を推測できる:

ここで、A, B, α, β は次元解析から求めることはできないが、条件で考慮していない流体の粘度や機械の各部寸法バランスなどに依存する無次元量である。

この場合の次元行列は

であるため無次元数は null M = 3つ存在する。よく用いられるのはそれぞれ流量係数、圧力係数、出力係数と呼ばれる以下の3つである:

無次元の関係式 f, g で表すと

となる。

原子構造

原子構造を古典物理学が説明できないということも次元解析から理解できる[6]

水素原子電子クーロン力で惑星のように陽子に束縛されている。その軌道の半径 a)は、

  • 電子の質量m (次元は
  • 電気素量e (
  • 真空の誘電率ε0 (

で表されると考えられる。ここで、 は質量、 は長さ、 は時間、電流の次元を表す。ところが、これらの量をどう組み合わせても、長さの次元 を持った量を構成することができない。すなわち、水素原子は一定の大きさをとることができない。そこでニールス・ボーアは、このようなミクロの世界では次元が プランク定数 h が関係していると考えた。以上の4つの物理量を組み合わせて長さの次元を持つ量を作ると、

が導かれる。これはボーア半径π 倍である。

以上の次元解析的議論により、ボーアは h が必須であることを確信した。


  1. ^ 化学工学会 編『化学工学』(3版)槇書店、2006年、6頁。ISBN 4-8375-0690-9 
  2. ^ 大野克嗣『非線形な世界』東京大学出版会、2009年。ISBN 978-4-13-063352-9 
  3. ^ 五十嵐保; 杉山均『流体工学と伝熱工学のための次元解析活用法』共立出版、2013年、6頁。ISBN 978-4-320-07189-6 
  4. ^ 白樫正高「次元解析再考」『長岡技術科学大学研究報告』第16巻、1994年、93-95頁、hdl:10649/4792023年8月13日閲覧 
  5. ^ 山本鎮男、曽根彰・芦野隆一・守本晃『ダイナミカルシステムの数理 基礎』共立出版、1999年、242頁。ISBN 978-4-320-08125-3 
  6. ^ 大野克嗣『非線形な世界』東京大学出版会、2009年、165頁。ISBN 978-4-13-063352-9 
  7. ^ a b c d e 広瀬勉「次元解析への一視点-次元定数を媒介として-」『化学工学論文集』第4巻第4号、化学工学会、1978年、331-336頁、doi:10.1252/kakoronbunshu.4.331 
  8. ^ 五十嵐保; 杉山均『流体工学と伝熱工学のための次元解析活用法』共立出版、2013年、104頁。ISBN 978-4-320-07189-6 


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