数学的な美 数学的な美の概要

数学的な美

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/03 00:37 UTC 版)

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表現の美の一例: マンデルブロ集合の境界付近、中心座標 (0.282, -0.01)、対角線座標 (0.278587, -0.012560) 〜 (0.285413, -0.007440) の領域の拡大。

多くの数学者は自らが考察している対象、あるいは数学そのものから美学的な喜びを覚えている。彼らは数学(あるいは少なくとも数学のある種の側面)をとして記述することにより、この喜びを表現している。数学者は芸術の一形態あるいは少なくとも創造的な行動として数学を表現している。このことはしばしば音楽を対照として比較される。数学者バートランド・ラッセル数学的な美に関する彼の印象を次のように表現した。

それを正しく考察された数学にあるものは真実のみではない。そこには至高の美、すなわち、彫刻が持つような冷淡で厳粛な美、人間の弱い性質が惹き付けられることなく、絵画音楽の華麗な罠なしに、依然として崇高で純粋な、そして偉大な芸術のみが見せることができる強固な完成度の有能性を備えている。真の歓喜の精神は、高揚、人類以上のものであるという感覚、最も卓越した優越性の試金石であり、詩がそうであるように確実に数学において見つかるものだ[1]

ハンガリーの数学者ポール・エルデシュは数学の言語での表現不可能性英語版に関する彼の見解を次のような言葉で表現した[2]

「数は何故美しいのか。それはベートーベンの交響曲第九番がなぜ美しいのかと訊ねるようなものだ。君がその答を知らないのであれば、他の誰も答えることはできない。私は数が美しいということを知っている。もし数が美しくないのなら、美しいものなど何も無い。」

解法の美・手法の美

数学者は数学の証明方法において特に華麗さを評価する。 これは例えば

  • 最小限の既知事実や付加的仮定を使用した証明
  • 異常に簡潔な証明
  • 驚愕的な方法により結論を演繹する証明 (例えば、一見無関係な既知定理を用いた証明)
  • 新しい独自の洞察に基づく証明
  • 類似の問題群を解くための一般化が可能な証明方法
解法の美の一例: 三平方の定理の単純にして華麗な証明

のようなものである.

解法の美:多数の手段の中の美の発見

華麗な証明を模索する中で、数学者は一般には複数の証明方法から1つを選択することになるが、最初に使用された証明方法が常に最良とは限らない。多数の証明方法が知られている問題の典型例は三平方の定理であり、これまでに数百もの証明が公表されている[3]解法の美は、この定理の証明にもいくつか見られる。右の図によれば、もはや文章や数式などを付与する必要は全くなく、図のみからその定理の成立がわかる。簡潔であるとともに説明の必要無しに直感的な理解を形成する典型例であり、上で列挙した五つの華麗さのうち少なくとも最初の四つを満たす。他の例として平方剰余の相互法則があり、カール・フリードリヒ・ガウスによりこの定理に対して8個の異なる証明が公表された。

逆に、論理的に正しいが膨大な計算量を要するような結果、念入りすぎる方法、大変に平凡なアプローチ、あるいは非常に強力な定理や既知の結果を多数使用する証明方法は通常は華麗とは看做されず、醜悪,不器用などと評価されることもある。

手法の美:モデルの美しさ

数学を道具として利用した中での手法の美のひとつとしてヨハネス・ケプラーの多面体太陽系モデル仮説が挙げられる。ケプラーの時代には太陽系惑星として水星金星地球火星木星土星の6個しか知られていなかった。ケプラーは正多面体が5種類しかないことと、6個の惑星軌道による5個の隙間には、正多面体と球との外接・内接による関連性があるとの仮説を立てた。結果的にはこの仮説は彼の期待を裏切ることとなったが、後の古典力学の発展に繋がった。(#美と哲学も参照)

結論の美

結論の美の例: 複素平面において、e0 = 1 を出発点として時間 π に対応する距離を速度 i で移動して 1 を加算すると、0 に到達する。

一見無関係な印象を受ける二つの異なる数学分野を繋ぐ数学的な結論においてを見出す数学者もいる[4]。 そのような結果はしばしば深遠な洞察によるものと表現される。

ある結果が深遠な洞察によるものかどうかということについて一般的な同意を得ることは難しいが、いくつかの例がしばしば引用される。そのひとつはオイラーの等式

であり、一見無関係であると思われていたネイピア数 (自然対数の底) e, 虚数単位 i, 円周率 π の間に乗法単位元1乗法零元 (加法単位元) の 0 のみを用いた単純な関係を与えた。アメリカ物理学者リチャード・ファインマンはこの等式を「数学において最も特筆すべき式」(The most remarkable formula in mathematics) と称した。

現代的な例では、楕円曲線モジュラー形式の間の重要な関連性を見出した谷山・志村予想がある。アンドリュー・ワイルズとその弟子ブライアン・コンラッド等はこの予想を肯定的に証明し、モジュラー性定理を確立した。モジュラー性定理はその帰結の一つとしてフェルマーの最終定理を肯定的に解決し、ワイルズはロバート・ラングランズと共にウルフ賞数学部門を受賞した。また、モンスター群 (en) をモジュラー関数弦理論を通して結びつけるモンストラス・ムーンシャインリチャード・ボーチャーズフィールズ賞をもたらした。

ここでの深遠という言葉の対義語として自明を使用する。自明な方法は、他の既知の結果から明白あるいは簡単な方法で演繹できるような結果であるかも知れないし、空集合のように特定の対象の特定の集合にだけ適用できるものかも知れない。しかしながらしばしば、定理の記述の文章は、その証明がかなり明白であっても深い洞察をするのに十分に独自的であるかも知れない。

イギリスの数学者ゴッドフレイ・ハロルド・ハーディは彼の随筆である『ある数学者の生涯と弁明』で、数学的な美は驚愕の一要素から生じると示唆している。それに対してアメリカの数学者・哲学者であるジャン=カルロ・ロタ (en) は同意せず、次のような反例を提示している。

「数学の偉大な多くの定理はそれが最初に出版されたときに驚愕される。従って例えば20年余り前 (1977年当時) の、高次元の超球におけるエキゾチック球面 (異種球面、en) の存在の証明は驚愕すべきものと考えられたが、現在ではその結論が美しいとは誰にも言わせるものではない。」[5]

それに対してはおそらく皮肉にも、Michael Monastyrsky[6]は次のように記している。

「7次元超球における異なる微分構造に関するジョン・ウィラード・ミルナーの美しい構成についてはそれ以前では類似の発見を探すことは大変に困難であり、... ミルナーのオリジナルの証明はそれほど構成的ではないが、後にE. ブリスコーンはそのような微分構造は究極的に明示的で美しい形で記述できることを示した。」

この反対意見は数学的な美しさの主観的な要素とその数学的な結論の関連性の両方、すなわちこの場合はエキゾチック球面の存在性のみではなくそれらの具体的な実現手段をも表現している。


  1. ^ Russell, Bertrand (1919). “The Study of Mathematics”. Mysticism and Logic: And Other Essays. en:Longman. pp. 60. http://books.google.com/books?id=zwMQAAAAYAAJ&pg=PA60&dq=Mathematics+rightly+viewed+possesses+not+only+truth+but+supreme+beauty+a+beauty+cold+and+austere+like+that+of+sculpture+without+appeal+to+any+part+of+our+weaker+nature+without+the+gorgeous+trappings+inauthor:Russell&lr=&as_brr=0&client=opera 2008年8月22日閲覧。 
  2. ^ Devlin, Keith (2000). “Do Mathematicians Have Different Brains?”. The Math Gene: How Mathematical Thinking Evolved And Why Numbers Are Like Gossip. en:Basic Books. pp. 140. http://books.google.com/books?id=AJdmfYEaLG4C&pg=PA140&lpg=PA140&dq=Why+are+numbers+beautiful%3F+It's+like+asking+why+is+Beethoven's+Ninth+Symphony+beautiful.+If+you+don't+see+why,+someone+can't+tell+you.+I+know+numbers+are+beautiful.+If+they+aren't+beautiful,+nothing+is.&source=web&ots=eRoQLJAgG-&sig=hBu19Oddbjz9zw_koj6-dJkyxM0&hl=en&sa=X&oi=book_result&resnum=2&ct=result 2008年8月22日閲覧。 
  3. ^ en:Elisha Scott Loomis published over 360 proofs in his book Pythagorean Proposition (ISBN 0873530365).
  4. ^ (Rota 1977, p. 173)
  5. ^ (Rota 1977, p. 172)
  6. ^ M. I. Monastyrsky (2001)
  7. ^ Phillips, George (2005). “Preface”. Mathematics Is Not a Spectator Sport. en:Springer Science+Business Media. ISBN 0387255281. http://books.google.com/books?id=psFwdN6V6icC&pg=PR7&lpg=PR7&dq=there+is+nothing+in+the+world+of+mathematics+that+corresponds+to+an+audience+in+a+concert+hall,+where+the+passive+listen+to+the+active.+Happily,+mathematicians+are+all+doers,+not+spectators.&source=web&ots=GBNplD5Kl9&sig=k3_W0DQ5LM7UCD_6Xw7RBdYuSto&hl=en&sa=X&oi=book_result&resnum=1&ct=result 2008年8月22日閲覧. "「演奏を受動的に聴くコンサートホールの聴衆の歓喜に対応するものは数学の世界ではない。幸運なことに数学者は全て能動的であり、観客ではない。」" 
  8. ^ Paul Adrian Maurice Dirac, "The relation between mathematics and physics (James Scott Prize Lecture)," Proc. Roy. Soc. (Edinburgh), Vol. 59, pp. 122-129, 1939.
  9. ^ A. Moles: Théorie de l'information et perception esthétique, Paris, Denoël, 1973 (en:Information Theory and aesthetical perception)
  10. ^ F Nake (1974). Ästhetik als Informationsverarbeitung. (en:Aesthetics as en:information processing). Grundlagen und Anwendungen der Informatik im Bereich ästhetischer Produktion und Kritik. Springer, 1974, ISBN 3211812164, ISBN 9783211812167
  11. ^ J. Schmidhuber. en:Low-complexity art. Leonardo, Journal of the International Society for the Arts, Sciences, and Technology, 30(2):97–103, 1997. http://www.jstor.org/pss/1576418
  12. ^ J. Schmidhuber. Papers on the theory of beauty and en:low-complexity art since 1994: http://www.idsia.ch/~juergen/beauty.html
  13. ^ J. Schmidhuber. Simple Algorithmic Principles of Discovery, Subjective Beauty, Selective Attention, Curiosity & Creativity. Proc. 10th Intl. Conf. on Discovery Science (DS 2007) p. 26-38, LNAI 4755, Springer, 2007. Also in Proc. 18th Intl. Conf. on Algorithmic Learning Theory (ALT 2007) p. 32, LNAI 4754, Springer, 2007. Joint invited lecture for DS 2007 and ALT 2007, Sendai, Japan, 2007. http://arxiv.org/abs/0709.0674
  14. ^ J. Schmidhuber. Curious model-building control systems. International Joint Conference on Neural Networks, Singapore, vol 2, 1458–1463. IEEE press, 1991
  15. ^ Schmidhuber's theory of beauty and curiosity in a German TV show: アーカイブされたコピー”. 2008年6月3日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2008年6月3日閲覧。


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