伏見稲荷大社
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摂末社
摂社
- 本殿合祀
- 田中社 - 本殿に合祀。
- 四大神 - 本殿に合祀。
- 境外摂社
- 田中神社(京都市東山区本町)
末社
- 参道
- 熊野社(重要文化財)
- 藤尾社(重要文化財)
- 霊魂社
- 稲荷山 中腹
- 上末社
- 長者社(重要文化財)
- 荷田社(重要文化財)
- 五社相殿(重要文化財)
- 両宮社(重要文化財)
- 白狐社(重要文化財) - 稲荷大神の眷属を祀る。元禄7年(1694年)建立。一間社春日造、檜皮葺。
- 産婆稲荷 - 祭神:産婆大明神
- 熊鷹社 - 祭神:熊鷹大神
- 玉山稲荷社 - 祭神:玉山稲荷大神
- 稲荷山 山頂付近
- 田中社 - 祭神:田中大神
- 大杉社 - 祭神:大杉大神、磐根大神
- 眼力社 - 祭神:眼力大神、石宮大神、常吉大神
- 傘杉社 - 祭神:傘杉大神
- 薬力社 - 祭神:薬力大神
- 長者社 - 祭神:加茂玉依姫
- 上社神蹟 - 祭神:大宮能売大神、末廣大神
- 大岩大神
- 中社神蹟 - 祭神:猿田彦、青木大神
- 荷田社御神蹟 - 祭神:伊勢大神
- 下社神蹟 - 祭神:宇迦之御魂、白菊大神
- 境外末社
- 松明殿稲荷神社(京都市下京区稲荷町)
-
(左から)熊野社(重要文化財)・藤尾社(重要文化財)・霊魂社
-
上末社(いずれも重要文化財)
-
熊鷹社
-
玉山稲荷社
-
眼力社
-
薬力社
-
松明殿稲荷神社(京都市下京区稲荷町)
祭事
- 大山祭(1月5日)
- 本殿の儀
- 御饌石の上に供物を捧げたという故事に基づく。
- 山上の儀(御膳谷祈祷殿)
- 斎土器に中汲酒を盛ったものを御饌石に供えて、五穀豊穣と家業繁栄を祈る。
- 本殿の儀
- 初午大祭(はつうまたいさい)(2月初午の日)
- 稲荷大神が稲荷山の三ヶ峰に初めて鎮座した和銅4年2月の初午の日をしのび、大神の神威を仰ぐ祭
- 稲荷祭(4月20日最寄の日曜-5月3日)
- 平安時代に起源を持つ祭りで4月20日最寄の日曜の「神幸祭」、4月下旬の「区内巡幸」、5月3日の「還幸祭」まで氏子地域の御旅所に神輿が置かれる。
- 田植祭(6月10日)
- 神前に捧げられる料米の稲苗を神田へ植える祭で、「御田舞」が演奏される中、早乙女らによって田植が行われる。
- 本宮祭(もとみやさい)(7月土用入り後の最初の日曜または祝日)
- 前日の宵宮には境内の提灯や灯籠に一斉に灯を入れる万灯神事が行われる。
- 講員大祭(10月体育の日の前々日・前日)
- 伏見稲荷大社の神徳を広く宣揚し、全国の講員が参拝して神恩に奉賽するとともに、家内安全・生業繁栄を祈願する祭。
- 火焚祭(ひたきさい)(11月8日)
- 「おひたきまつり」とも言われ、社前に火を焚く神事。伏見稲荷大社では丁度初午に相対するものであるとしている。
- 大祓式(12月31日)
- 「師走の大祓」と称され、後半年の罪穢れを祓い、形代を河海に流して新年を迎える行事。
その他にも四季を通じて祭礼・神事が執り行われている。
文化財
重要文化財
- 伏見稲荷大社 8棟(建造物) - 1909年(明治42年)4月5日に本殿を指定、2014年(平成26年)1月27日に権殿・外拝殿・楼門・南北廻廊(南廻廊)・南北廻廊(北廻廊)・奥宮・白狐社を追加指定[34]。
- 本殿
- 権殿
- 外拝殿
- 楼門
- 南北廻廊(南廻廊)
- 南北廻廊(北廻廊)
- 奥宮
- 白狐社
- 附:長者社、荷田社、五社相殿、両宮社、熊野社、藤尾社、城州稲荷社御修復御入用金高目録帳9冊
- 伏見稲荷大社御茶屋 - 1927年(昭和2年)4月25日指定[35]。
京都市指定文化財
注釈
- ^ 勧進僧・勧進沙門の宿所。住持によって「地蔵院」あるいは「雨宝院」などと称され、元禄の頃より「愛染寺」と称号。
- ^ 生玉稲荷神社(名古屋市守山区)では、倉稲魂神を主祭神として、大己貴命、保食神、大宮能姫神、太田神とともに五柱の神を稲荷五社大明神として祀るが、伏見稲荷大社と同様にこれら五柱の祭神は稲荷大神の広大な神徳の神名化としている。生玉稲荷神社 - 由緒・沿革
- ^ 『水台記』では「底筒男命、中筒男命、表筒男命、神功皇后」の四柱、『神祇拾遺』では「五十猛神、大屋姫、抓津姫、事八十神」の四柱とする。
- ^ 伏見稲荷大社と同じく秦氏によって創建された松尾大社では、境内末社の四大神社(しのおおかみのやしろ)で「春若年神、夏高津日神、秋比売神、冬年神」を祀っており、その名から四季の神であることが明確にうかがえる。
- ^ 最古の写本においては「伊禰奈利生」ではなく「生子」、すなわち「子を生んだ」と記されているが、江戸時代の国学者・伴信友により「伊禰奈利生」との表記がされるようになった(中村陽・監修『稲荷大神』戎光祥出版、平成21年、50-51頁参照)。
- ^ これは吉田兼倶が15世紀頃に延喜式神名帳の注記のため作成した『延喜式神名帳頭註』で書かれている山城国風土記伊奈利の社条の逸文であり、また兼倶は吉田神道の創設者でもあることから、信ぴょう性を疑問視する意見もある。また、山城風土記は編纂の始まる延長3年(925年)以前に伝わる歴史や文物を記しており、和銅年間以降の風聞も含まれる可能性はある。
- ^ 「忌寸」は八色の姓での位の1つ。
- ^ 和銅4年(711年)2月7日。なお、この縁起を伏見稲荷の創建とみる場合、和歌山県有田市(旧・糸我町)の「糸我稲荷神社」が日本最初・最古の稲荷神社となるという説がある。文化7年(1810年)当時の神官、林周防が寺社奉行に報告した「糸鹿社由緒」によると、創建は「37代孝徳天皇白雉3年(652年)壬子の春、社地を正南森に移し、糸鹿社と申す」とあり、伏見稲荷神社より約60年遡ることになる。(有田市HP 糸我稲荷神社)
- ^ 14世紀頃の成立。
- ^ a b 字は「氵+缶」。
- ^ およそ2m40cm。
- ^ 南北朝時代の成立。東寺に伝わる。
- ^ これを「私幣禁断」という。天皇以外の個人的な奉幣を禁止し、たとえ三后や皇太子であっても天皇の勅許が要った(伊勢神宮HP 神宮の歴史・文化『私幣禁断』 参照)。
- ^ 空海の弟子。
- ^ 塚の規模や由来に関わらず、稲荷社を伴い、または「稲荷」「狐」を称する古墳は全国に存在する。
- ^ 天皇以外の参詣を許さなかった伊勢神宮も、この頃から勧請を積極的に行っている。
- ^ 秦氏創建とする和銅4年(711年)より以降、空海が遷座したとする弘仁14年(823年)より以前ということになる。
- ^ 「中の御社のほど、わりなう苦しきを念じのぼるに、いささか苦しげもなく遅れて来とみる者どもの、ただ行きに先に立ちて詣づる、いとめでたし。」「坂の半らばかり歩みしかば…やうやう暑くさへなりて、まことにわびしくて、などかからでよき日もあらんものを、なにしに詣でつらんとまで、涙もおちて休み困ずるに…」と記す。
- ^ 887年の時点では伏見稲荷大社は従三位の扱いであり、秦氏と関わる賀茂神社や松尾大社がすでに正一位に列していたのとは対照的である。また伊勢神宮、日前神宮・國懸神宮については神格を超越しているという理由で既に正一位を置いていない(→神階#六国史終了時点での神階一覧を参照)。伏見稲荷大社の正一位は前述の通り天慶5年(942年)からである
- ^ 建久5年(1194年)に後鳥羽院が行幸した際に「信心からの勧請には神体に正一位を書き加えるべき」としたが、江戸時代のこの問い合わせに対し大社側は「一子相伝でない勧請は迷惑」と返答したとある。(『稲荷社事実考証記』)
出典
- ^ 伏見稲荷大社. “よくあるご質問 - 全国に稲荷神社はどのくらいあるの?”. 2013年8月1日閲覧。
- ^ MAPPLE観光ガイド. “初詣の人出ランキングベスト10(1〜5位) - おすすめ初詣スポット2011”. 2011年1月19日閲覧。
- ^ 岡田精司『京の社』塙書房、2000年、50頁。
- ^ 岡田精司『京の社』塙書房、2000年、58、59頁。
- ^ 京都史跡研究会編『京都洛東・洛南散歩』山川出版社、2004年、183頁。
- ^ 『朱』第三十四号別冊 伏見稲荷大社『朱』編集部編、伏見稲荷大社社務所、1991年、12、13頁。
- ^ 岡田精司『京の社』塙書房、2000年、76頁。
- ^ 岡田精司『京の社』塙書房、2000年、61-63頁。
- ^ a b c 伏見稲荷大社. “伏見稲荷大社とは -ご祭神”. 2016年2月21日閲覧。
- ^ a b c d e 稲田智宏「稲荷大神五柱とは何か」『稲荷大神』、戎光祥出版、2009年。
- ^ 伏見稲荷大社. “よくあるご質問 - 「お稲荷さん」のご利益は?”. 2016年3月9日閲覧。
- ^ a b 伏見稲荷大社. “伊奈利社ご鎮座説話”. 2016年2月1日閲覧。
- ^ 上田正昭「稲荷神はどこから来たか」『稲荷大神』、戎光祥出版、2009年。
- ^ 「稲荷社禰宜祝等甲状」(『神祗官勘文』に見る引用から)
- ^ 伏見稲荷大社. “沿革 - 稲荷社のあけぼの”. 2016年2月3日閲覧。
- ^ デジタル大辞泉『稲荷祭』。
- ^ a b c 伏見稲荷大社. “沿革 - 稲荷祭”. 2016年2月3日閲覧。
- ^ 伏見稲荷大社. “沿革 - 初午 (はつうま)”. 2016年2月3日閲覧。
- ^ 世界大百科事典 第2版『年中行事秘抄』。概ね永仁年間(1293年‐1299年)以前の成立とされる。ただし、この書はもともと式次第や縁起を詳述する態度をとっていない。
- ^ a b 伏見稲荷大社. “沿革 - 稲荷勧請”. 2016年2月21日閲覧。
- ^ 西田長男『神道史の研究』第2巻、p86。雄山閣、1943年。
- ^ “藤森神社縁起”. 2016年2月21日閲覧。
- ^ 東寺. “東寺の歴史 戦乱の痕跡 そして炎上”. 2016年2月21日閲覧。
- ^ 「稲荷一流大事」(伏見稲荷本願所愛染寺初代住職の天阿上人の著作)
- ^ 伏見稲荷大社. “沿革 - ご本殿修造”. 2016年2月3日閲覧。
- ^ 東京工業大学 山室恭子共著修論 稲荷信仰から見える江戸 (PDF)
- ^ 伏見稲荷大社. “稲荷信仰 - 沿革”. 2011年1月19日閲覧。
- ^ 坂口安吾『日本文化私観』 (青空文庫)
- ^ 石田兼之、「個々の境内が有する得意要素について : 東京の神社を題材に」『法政大学大学院紀要. デザイン工学研究科編』 1巻 p.1-14 2012年, 法政大学大学院デザイン工学研究科。
注記:書誌情報頁は『得意』、論文本体は『特異』と記述されている。 - ^ 小野芳朗『水の環境史「京の名水」はなぜ失われたか』(PHP新書) PHP研究所、2001年 p.208 ISBN 9784569616186
- ^ 田中重久「稲荷大社拝殿の鉄造十二宮文の吊灯籠」 史迹美術同攷会『史迹と美術』308・309号所収
- ^ 丘眞奈美『京都のご利益徹底ガイド』「伏見稲荷大社」、PHP文庫。
- ^ 島田裕巳『宗教常識の嘘』朝日新聞社、2005年、97頁。ISBN 978-4023303591。
- ^ 伏見稲荷大社 - 国指定文化財等データベース(文化庁)
- ^ 伏見稲荷大社御茶屋 - 国指定文化財等データベース(文化庁)
- ^ 京都市指定・登録文化財-建造物-伏見区(京都市ホームページ)。
- ^ a b 京都市指定・登録文化財-美術工芸品-伏見区(京都市ホームページ)。
- ^ 京都市指定・登録文化財-有形民俗文化財-伏見区(京都市ホームページ)。
- ^ 京都市指定・登録文化財-名勝-伏見区(京都市ホームページ)。
- ^ “口コミで選ぶ 外国人に人気の日本の観光スポット 2014”. トリップアドバイザー (2014年6月4日). 2014年12月17日閲覧。
- ^ "お稲荷さんの山-京都・伏見-". NHK. 2023年2月11日. 2023年2月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年2月11日閲覧。
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