ロールス・ロイス トレント ロールス・ロイス トレントの概要

ロールス・ロイス トレント

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/09 04:07 UTC 版)

エアバスA380に搭載されたトレント900

名称はトレント川に由来する。なお、歴代ロールス・ロイス製ジェットエンジンのほとんどにイングランドを流れる河川名の愛称が与えられている理由については、ウェランドの項を参照されたい。

歴史

ロールス・ロイスは技術的飛躍を目指したRB.211の開発が難航したため経営難に陥り1971年から一時国有化されていたが、1987年サッチャー政権下で再度民営化された。この頃、RB.211の販売は比較的好調だったものの大型民間機市場に於ける同社製エンジンのシェアは8%[1]にまで下落し、あいかわらず競合他社であるゼネラル・エレクトリック・エアクラフト・エンジンズ(GEAE)とプラット・アンド・ホイットニー(P&W)の後塵を拝していた。これは主にRB.211を標準搭載するロッキード L-1011 トライスターの販売不振と、イギリス航空産業の斜陽化、冷戦緩和に伴う軍縮に起因するもので、伝統に裏付けられた高い技術力と製造品質を誇る同社は起死回生の機会を渇望していた。

折りしも、2人乗務で運行でき三発機よりも経済的な中~大型双発機計画(後のボーイング777エアバスA330等)が持ち上がり、新世代の大推力エンジンの需要が勃興した。これらにはETOPSExtended-range Twin-engine Operational Performance Standards、非常時の洋上片発飛行能力)認証に適う超高信頼性も同時に要求されており、ロールス・ロイスはRB211-524L計画案を元に、これを更に拡大洗練する方途を選んだ。

ロールス・ロイスは将来の大型航空機用エンジンの市場で勝つために、全ての大型民間機を対象とすることを決めた。新型エンジンを市場に供給するためには莫大な開発資金が必要となるため、共通のエンジンコアを基に系列化を進めることが開発費用を抑制するための唯一合理的な方法であった。RB211で採用された3軸設計は、新系列のエンジンの基本型として高圧(HP)、中圧(IP)、低圧(LP)のそれぞれのタービン/圧縮機の大きさや能力を個別に変更できるため、柔軟性に富んでいた。

基本的に既存機のスケールエンジニアリングであったため開発は極めて順調に進み、早くも1988年ファーンボロー航空ショーの場で、「トレント」と名付けられたRB.211発展型の発表に漕ぎ着けた。

トレントが開発された結果、キャセイパシフィック航空[2]ブリティッシュ・エアウェイズカンタス航空といったイギリスに関係のある航空会社以外にも、シンガポール航空タイ国際航空マレーシア航空ルフトハンザドイツ航空ニュージーランド航空ハワイアン航空等過去にロールス・ロイス製エンジンを採用していなかった航空会社がこぞって発注するようになり、シェアを高めることができた。さらに日本でもボーイング787ローンチカスタマーである全日本空輸がトレント1000を選択した。スカイマークではエアバスA330でのトレント700を、エアバスA380でトレント900を選択した。日本航空はエンジンがトレントXWBのみとなるエアバスA350 XWBを発注した。

ロールス・ロイスはトレント計画に必要な初期投資について英国政府から援助を受けており、その額は1997年にトレント8104、500、600のために2億ポンド、2001年にトレント600と900のために2億5000万ポンドに上った。一方、トレント1000の開発にあたっては援助を受けていない。初期投資は各エンジンの販売に応じてロイヤリティとして政府に返済されている[3]

技術的特徴

3軸式

RB.211の3軸式レイアウトを継承している。一般的な2軸式ターボファンより軸受機構が複雑化するかわりに圧縮機設計を最適化できるため、うまく設計すればエンジン全体として同規模の2軸式エンジンと同じ性能で小型軽量化、高剛性・低騒音化、高性能・高信頼化できる可能性がある。

また3軸ユニット各々の規模を拡大縮小する事で、多様な性能と推力の需要に応えるファミリーを形成する事が可能になっている。例えば直径116-inch(290cm)のファンを持つトレント900はA380の顧客によって要求される厳しい新騒音基準も満たしつつ、離陸速度を維持する[4]。一方でコアのサイズを変えることで高圧タービン入口温度は出来るだけ低く維持されるようになり、整備コスト低減も果たしている。また800は700と同一の高圧系と中圧タービンを用いつつ高圧縮化されているが、これは中圧コンプレッサと低圧タービンの容量拡大によって達成された。 ターボ機構をRB.211から一新したことにより性能が向上し、騒音・排出ガスレベルが改善されている。トレント700シリーズで改良された高圧系をRB211-524Gと-524Hに導入することによって大幅に性能が改善され、それぞれ-524G-T, -524H-Tになった[5]

可変静翼機構

元のRB211計画が始まった時、圧縮機システムはアメリカの競合他社とは異なり、可変静翼を全廃する予定だったが、中圧圧縮機(IPC)の作動領域が限られているため、加速時のサージ耐性を高めるには少なくとも中圧コンプレッサの最前列(インレット・ガイドベーン)を可動にすべきという事が研究過程の初期で明らかになり、RB.211とトレントシリーズにも採り入れられている。しかし他の2軸式ターボファンでは必須の多数の可変静翼機構が3軸式のRB.211には存在せず、簡略化、軽量化、信頼性向上が図られている。

チタン製中空ファンブレード

チタン製で中空のファンブレードは、摩擦攪拌接合により3枚のチタン薄板の外周部を接合し、金型内で板の間に液体を注入して加圧(ハイドロフォーミング)する事により、3次元的に成型されている。GEアビエーション等、耐衝撃性に劣る複合材のファンブレードを採用している他社が、バードストライク対策として前縁部のみチタン複合材としているのに対し、ロールスロイスはRB.211で当初、自社開発したCFRP(商品名ハイフィル)製ファンブレードがバードストライク試験をなかなかパスできなかった経験を活かし、堅牢かつ軽量なチタン製中空ファンブレードを独自開発した。


  1. ^ Pugh, Peter (2002). The Magic of a Name, Part Three. Icon Books. ISBN 1840464054 
  2. ^ 特にキャセイパシフィック航空・シンガポール航空はトレントが選択できないケース(B777-300ER等)以外はほとんどがトレントを発注する。
  3. ^ Repayable launch investment (RLI)”. House of Commons. 2010年11月22日閲覧。
  4. ^ Donoghue, J.A. (2004年11月1日). “The fan is the thing”. Air Transport World. 2013年2月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年2月3日閲覧。
  5. ^ “Rolls-Royce standardises on hybrid RB211 after entry success”. Flight International. (1998年5月6日). http://www.flightglobal.com/articles/1998/05/06/36700/rolls-royce-standardises-on-hybrid-rb211-after-entry.html 2007年1月20日閲覧。 
  6. ^ BW Online | August 9, 1999 | How GE Locked Up That Boeing Order
  7. ^ ボーイング、次世代機向けエンジンの独占サプライヤーにGEを選定. https://jp.reuters.com/article/tk8350423-boeing-ge-idJPTYE92H03D20130318. 
  8. ^ 「ナノイノベーションの最先端」第28回”. www.nanonet.go.jp. 2020年3月4日閲覧。
  9. ^ 平成30年版日本の航空宇宙工業. 一般社団法人日本航空宇宙工業会. (2018-03-31). p. 214. ISSN 0910-1527. https://www.sjac.or.jp/common/pdf/sjac_gaiyo/info/nihon_H30.pdf 
  10. ^ 「英ロールス:ジェットエンジン検査施設、依然閉鎖-事故の影響続く」ブルームバーグ
  11. ^ ANAの「787」エンジン不具合、ロールス・ロイスが改良型の部品供給 ニュースイッチ・日刊工業新聞(2017年02月02日)2017年02月04日閲覧
  12. ^ YOSHIKAWA, Tadayuki (2018年11月30日). “787エンジン改修、21年までに完了へ RRイーストCEO「ANAは優先事項」”. Aviation Wire. 旭技研. 2018年11月30日閲覧。
  13. ^ “Airbus goes for extra width - A350 XWB special report”. Flight International. (2006年7月25日). http://www.flightglobal.com/articles/2006/07/25/208045/airbus-goes-for-extra-width-a350-xwb-special-report.html 2007年2月23日閲覧。 
  14. ^ “Farnborough: Airbus A350 powerplant race ignites as Rolls-Royce reaches agreement to supply Trent, Alliance confirms interest”. Flight International. (2006年7月25日). http://www.flightglobal.com/articles/2006/07/25/208086/farnborough-airbus-a350-powerplant-race-ignites-as-rolls-royce-reaches-agreement-to-supply-trent.html 2007年2月23日閲覧。 
  15. ^ "Rolls-Royce to develop Trent 1700 for A350", David Kaminski-Morrow, Flight International, October 6, 2005.
  16. ^ “Flightdeck rethink heralds new A350 XWB design”. Flight International. (2007年9月27日). http://www.flightglobal.com/articles/2007/09/27/217061/flightdeck-rethink-heralds-new-a350-xwb-design.html 2007年10月17日閲覧。 
  17. ^ Airbus selects Rolls-Royce Trent 7000 as exclusive engine for the A330neo”. www.rolls-royce.com/. Rolls Royce (2014年7月14日). 2014年7月14日閲覧。
  18. ^ Rolls-Royce Details Trent 7000 Plans For A330neo”. aviationweek.com. Aviation Week (2014年7月14日). 2014年7月14日閲覧。
  19. ^ Trent 7000 infographic”. www.rolls-royce.com. Rolls-Royce. 2014年7月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年7月14日閲覧。
  20. ^ Federal Aviation Administration FAA (2007-06-06). Type Certificate Data Sheet. http://rgl.faa.gov/Regulatory_and_Guidance_Library/rgMakeModel.nsf/0/09b47c27a9cfb982862573080054f9ea/$FILE/E00075EN.pdf 2007年11月3日閲覧。. 
  21. ^ TYPE-CERTIFICATE DATA SHEET No.EASA E.111for EngineTrent XWB series engines” (PDF). EASA (2020年5月22日). 2020年12月31日閲覧。
  22. ^ TYPE-CERTIFICATE DATA SHEET No.EASA.A.151 AIRBUS A350” (PDF). EASA (2020年6月26日). 2020年12月31日閲覧。
  23. ^ TYPE-CERTIFICATE DATA SHEET No.EASA E.111for EngineTrent XWB series engines” (PDF). EASA (2020年5月22日). 2020年12月31日閲覧。
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  30. ^ TYPE-CERTIFICATE DATA SHEET No.EASA.A.151 AIRBUS A350” (PDF). EASA (2020年6月26日). 2020年12月31日閲覧。


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