ラインの黄金
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初演
ワーグナーは1856年4月末に『ヴァルキューレ』の作曲を完成するが、この頃の手紙に、『指環』4部作のために劇場を建てて上演したいと書いている。この時点で『ジークフリート』、『神々の黄昏』はまだ完成していなかったが、ワーグナーには後のバイロイト祝祭劇場の構想がすでにあり、4部作は連続して上演されるべきで、そのいずれかを取り出して上演することには反対であった。しかし、ワーグナーを信奉し全面支援していたバイエルン王ルートヴィヒ2世は全作の完成まで待ちきれず、『ラインの黄金』と『ヴァルキューレ』は全曲初演に先立ち、単独で初演された。
- 単独初演
- 1869年9月22日、ミュンヘン宮廷歌劇場にて。指揮はフランツ・ヴュルナー。主な配役は次のとおり。
- アウグスト・キンダーマン(ヴォータン)
- ヴィルヘルム・フィッシャー(アルベリヒ)
- ハインリヒ・フォーゲル(ローゲ)
- 全曲初演
- 『ニーベルングの指環』4部作としての初演は1876年8月13日、バイロイト祝祭劇場にて開催された第1回バイロイト音楽祭である。指揮はハンス・リヒター。主な配役は次の通り。
- フランツ・ベッツ(ヴォータン)
- カール・ヒル(アルベリヒ)
- ハインリヒ・フォーゲル(ローゲ)
編成
登場人物
従来のオペラ作品に必ず用いられた合唱が本作では採用されない。舞台で描かれるのは神話の時代であり、キャラクターとしての人間も登場しない。
- ヴォータン(バリトン) 神々の長。北欧神話のオーディンに当たる。妻はフリッカとエルダと人間女性で、人間女性との子供はジークムントとジークリンデ(双子)、エルダとの子供はブリュンヒルデ。北欧神話では、フリッグ(フリッカ)との子供はバルドル(今作品には登場しない)。
- アルベリヒ(バリトン) ニーベルング族の小人(ドワーフ)。ミーメの兄でハーゲンの親。
- ローゲ(テノール) 火の神、半神。北欧神話のロキに当たる。
- ファーゾルト(バス) 巨人族、ファーフナーの兄。後に、弟のファーフナーに殴り殺される。フリッカの妹フライアに恋をしていた。
- ファーフナー(バス) 巨人族、ファーゾルトの弟。
- ミーメ(テノール) ニーベルング族の小人、アルベリヒの弟。北欧神話のレギンにあたる。
- フリッカ(メゾソプラノ) ヴォータンの妻、フライアの姉で、結婚の女神。北欧神話のフリッグに当たる。
- エルダ(アルト) 知恵の女神、ヴォータンの妻でブリュンヒルデの母。
- フライア(ソプラノ) フリッカの妹、美の女神。今作では、若返りのリンゴを作ることができた。北欧神話のフレイヤに当たる。
- フロー(テノール) 幸福の神で、フライアの兄弟。北欧神話のフレイに当たる。
- ドンナー(バリトン) 雷神。今作では、第4幕で槌で雷を起こす。北欧神話ではこの槌はミョルニルという。北欧神話のトールに当たる。
- ヴォークリンデ(ソプラノ) ライン川の川底にある黄金を見張る乙女。
- ヴェルグンデ(メゾソプラノ) ライン川の川底にある黄金を見張る乙女。
- フロースヒルデ(アルト) ライン川の川底にある黄金を見張る乙女。三人の乙女の中で最も幼い。
- ニーベルング族(黙役) 地底ニーベルハイムに棲む小人族。
楽器編成
前作『ローエングリン』の3管編成から4管に拡大されて、後のマーラーの交響曲の楽器編成の基礎になった。とくにホルンが金管楽器ともバランスを取るために8本に増強され、バストランペットやコントラバストロンボーン・作曲者が考案したチューバとホルンの中間の楽器ワーグナーチューバが初めて使用されていることが特徴的である。また、弦楽は人数が指定されている。
ピッコロ、フルート 3、オーボエ 3、コーラングレ(オーボエ持ち替え)、クラリネット 3、バス・クラリネット、ファゴット 3(Aの音がでない場合はコントラファゴットで奏する)、ホルン 8(第5・第6奏者はテノール・テューバ持ち替え、第7・第8奏者はバス・テューバ持ち替え)、トランペット 3、バス・トランペット、トロンボーン 3、コントラバス・トロンボーン、コントラバス・テューバ、ティンパニ 2対、トライアングル、シンバル、バスドラム、タムタム、ハープ 6、弦五部(第1ヴァイオリン 16、第2ヴァイオリン 16、ヴィオラ 12、チェロ 12、コントラバス 8)
バンダ:鉄床 18(9パート、舞台裏)、ハープ+1(舞台上)
- バイロイト祝祭劇場では、第1ヴァイオリンが向かって右、第2ヴァイオリンが左と、通常とは逆に配置される。
- 普通のオペラハウスの実演では、コントラバスチューバの奏者が向かって左のワーグナーチューバ群と向かって右のトロンボーン群の間を合わせやすいように絶えず移動して吹いている。
- 普通のオペラハウスの一般のオーケストラ・ピットは狭く予算がかかるので、弦はウィーンで14型でドイツの地方で12型、「ラインの黄金」はティンパニ一人、ハープは3、鉄床は9人以下に良く削られる。
構成
全1幕、4場からなる。各場は管弦楽の間奏によって切れ目なく演奏される。
- 序奏
- コントラバスの低い変ホ音の持続で始まる。ファゴットがこれに加わり、やがてホルンが「自然の生成」を表す動機(「生成の動機」)を奏し始める。序奏は、この変ホ長調の主和音を持続させたまま、世界の生成・変容を表現する。これをワーグナーは「世界の揺籃の歌」と呼んだ。ホルンが8本まで重ねられると、ファゴットが「ラインの動機」、チェロを始めとした弦楽器群が「波の動機」を示して高揚していく。金管を加えて頂点に達したところで開幕。
第1場 ラインの河底
舞台はライン川の河底。ニーベルング族のアルベリヒは3人のラインの乙女たちに言い寄るが、乙女たちは彼を嘲弄する。憤るアルベリヒは河の底に眠る黄金を見つける。黄金の守護者でもあるラインの乙女たちから、愛を断念する者だけが黄金を手にし、無限の権力を得て世界を支配する指環を造ることができると聞かされたアルベリヒは、禁欲ならできるだろうと黄金を奪い、愛を呪う言葉を残して去る。
第2場 広々とした山の高み
ヴォータンは巨人族の兄弟ファーゾルトとファーフナーにライン河畔の山上に居城「ヴァルハラ」を造らせ完成させていた。兄弟へは報酬として女神フライアを与えるという契約になっていた。しかし、もともと約束を果たすつもりのないヴォータンは、この契約を勧めたローゲに考えがあるはずとして、ローゲに事態の収拾を図らせようとする。
ローゲはアルベリヒがラインの黄金を奪い去ったことをみなに話し、ラインの乙女たちが指環を取り戻してほしいと願っていることを伝える。ニーベルング族とは確執のある巨人たちは財宝の話に惹かれ、フライアの代わりの報酬にせよと言い出す。ヴォータンは自身が世界を支配する指環を得たいと望んだことからこの申し出を拒む。怒った巨人たちは、フライアを人質にして連れ去ってしまう。フライアの作る若返りのリンゴが食べられなくなった神々は、もともとリンゴを得られなかったローゲを除いて若さを失い始める。意を決したヴォータンは、ラインの黄金を手に入れるためにローゲを伴って地下に降りてゆく。
第3場 ニーベルハイム
地底のニーベルハイム。アルベリヒはラインの黄金を指環に矯め、その力でニーベルング族の王となって、弟のミーメも隷属させていた。ミーメは、アルベリヒの指示で造らされた魔法の隠れ頭巾[5]を密かに我が物にしようとするが、アルベリヒに見つかって奪われ、むち打たれる。
ヴォータンとローゲは嘆くミーメから事情を聞き出し、アルベリヒに近づく。アルベリヒは2人を警戒するが、次第にローゲの口車に乗せられ、おだてられて魔法の隠れ頭巾を使って恐ろしい大蛇に化ける。次に小さいものにも変身できるかと問われ、カエルの姿になってみせたところを捕らえられてしまう。ヴォータンとローゲはアルベリヒを縛り上げ、地上に拉致する。
第4場 第2場に同じ
再び山上の開けた台地。ヴォータンはアルベリヒに身代金を要求し、アルベリヒは仕方なくニーベルング族を使ってかき集めた財宝を差し出す。それでもアルベリヒは許されず、ローゲに魔法の隠れ頭巾を奪われ、ヴォータンからはラインの黄金を鍛えた指環を無理やり取り上げられてしまう。ようやく自由の身になったアルベリヒは、指環に死の呪いをかけて去る。しかし、念願の指環を手にしたヴォータンは意に介さない。
巨人族の兄弟がフライアを連れて現れ、フライアの身の丈と同じだけの財宝を要求する。ローゲとフローがニーベルング族の財宝を積み上げていく。ローゲが隠れ頭巾を差し出してもまだ足らず、巨人たちはヴォータンの指環を要求する。ヴォータンはこれを断固拒絶、指環はラインの乙女たちに還してやってはというローゲの申し出にも取り合わない。
このとき舞台は暗転し、岩の裂け目からエルダが登場する。エルダはヴォータンに、呪いを避けて指環を手放すよう警告し、世界の終末が迫っていると告げる。ヴォータンはようやく意を決して指環を巨人たちに渡し、フライアを解放させる。財宝をすべて手に入れた巨人の兄弟は、その取り分をめぐって争い始め、ファーフナーはファーゾルトを棍棒で打ち殺す。アルベリヒの呪いが早くも現れたことに衝撃を受けるヴォータン。
暗い空気を払うため、ドンナーがハンマーを振るって雲を呼び集め、雷を起こす。これより「ヴァルハラ城への神々の入城」の音楽。フローが神々の城に虹の橋を架ける。ヴォータンは城に「ヴァルハル」と名付ける。「剣の動機」がトランペットで現れ、英雄の登場を予告する[6]。虹の橋を渡って神々は入城してゆく。彼らに続いて入城しようとしたローゲは、神々の没落を見通し、炎となってすべてを焼き尽くしてしまおうと独白する。ラインの娘たちが嘆き、地上にあるのは偽りばかりという歌が谷底から聞こえてくる。ラインの娘は実際、舞台上には登場しない。「ヴァルハルの動機」や「虹の動機」による、壮大で圧倒的な音楽による幕切れ。
注釈
- ^ ワーグナー自身はこの4部作を「舞台祝祭劇」(Bühnenfestspiel)としており、「楽劇」(musik drama)と呼ばれることには異議を唱えていた。
出典
- ^ 『ヴィーベルンゲン一族』が書かれたのはさらに後の1849年5月とする説もあり、この間の経緯についての実情は定かでない。
- ^ フリードリヒ・テオドール・フィッシャーは、1844年の著作『オペラへの提案』の中で、ニーベルング伝説を「大英雄オペラ」のテクストとして推奨している。また、この中で彼は、オペラで『エッダ』の神話物語にまで遡るのは経済的にも許されない、と書いている。ワーグナーがこの著作を読んだという確証はないが、ワーグナー自身が『ジークフリートの死』初稿を「大英雄オペラ」と呼んでいることや『ジークフリートの死』が『ニーベルンゲン神話』の終末部を描き、前史の部分は回想的に語られるだけの構造になっていることなどから影響関係を認める研究者もいる。
- ^ リストの尽力によって1850年8月にヴァイマルで初演された。
- ^ 1853年11月から書き始められた作曲草稿では、ラインの乙女たちやアルベリヒなどの旋律が明確に記されているのに対し、序奏の部分は変ホ長調の和音分散型が示されてはいるものの曖昧であり、現在聴かれるホルンの「生成の動機」が実際に書かれるのは最終稿に至ってである。『わが生涯』の記述は、ワーグナーが自己やその作品についてしばしば詩的に表現する意図が見られ、その記述が文字通りの事実であるかについては疑問も呈されている。
- ^ これを被ると姿が見えなくなり、念じるものの姿に変身できる。隠れ頭巾のもとは、ギリシア神話の「ハーデースの隠れ兜」である。また、プラトンの『国家』に、姿が見えなくなる力を持つ「ギュゲスの指環」の話が述べてあり、ワーグナーはこれを参考にしたと見られる。
- ^ 財宝を独り占めしたファーフナーが唯一捨てていった剣、ノートゥングである。1873年の『指環』全曲初演でコレペティトール(音楽指導)を務めたフェリックス・モットルによると、初演の練習に立ち会ったワーグナーはヴォータン役のフランツ・ベッツに、この場面で剣を取り上げ、ヴァルハルの城に挨拶を送るように振りかざすことを指示したという。
- ^ 現存する『縛られたプロメテウス』は3部作の一つと考えられているが、他の2作がわずかな断片を残すのみで散佚しているため、3部作本来の構成と内容は明らかではない。例えば、ちくま文庫の訳者である呉茂一は『縛られたプロメテウス』、『プロメテウスの解放』、『火をもたらすプロメテウス』の順だと述べている。解説者の高津春繁は、『縛られた-』→『-解放』の順であろうと述べるが、『火をもたらす-』の位置については言及していない。
- ^ ただし、サテュロス劇は3部作の終わりに上演されるので、『ジークフリート』とは作品順が一致しない。
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