ラインの黄金 配役について

ラインの黄金

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/17 04:04 UTC 版)

配役について

『ラインの黄金』において、とくに重要なキャラクターは、ヴォータン、アルベリヒ、ローゲであり、この3人の配役が上演の出来を大きく左右する。彼らに次いで重要なのは巨人族のファーゾルトとファーフナー、そして知恵の女神エルダである。ラインの乙女は三人一組のキャラクターだが、4部作の冒頭とフィナーレを飾り(歌唱自体はブリュンヒルデとハーケンが締めくくる)物語全体の鍵を握っている。

ヴォータン
『ニーベルングの指環』4部作全体の主役といえるが、その性格と役割は物語とともに変化する。本作では、野心にあふれた政治家的な容貌を見せる。声域はバリトンだが、他を圧する威厳や存在感が求められる。
アルベリヒ
ヴォータンと同じバリトンで、物語でもヴォータンの影のような役割をもつ。「主役」に拮抗するだけの存在感が要求される。
ローゲ
キャラクターとして登場するのは本作のみだが、物語上では炎となって繰り返し現れ、最後には世界を焼き尽くす重要な存在。ヘルデンテノールキャラクターテノールが歌う場合があるが、キャラクターテノールによって歌われることが多い。
ファーゾルト、ファーフナー
巨人族の兄弟はともにバスだが、ファーゾルトは愛情志向でお人好し、ファーフナーは権力志向で狡猾と性格が描き分けられており、この対比が表現される必要がある。
エルダ
本作では活躍の少ない女声のなかでも出番はわずかながら、印象に残る存在。警告する内容の重大さにふさわしい、低く深い声が必要。

音楽

『ラインの黄金』の音楽は、前作『ローエングリン』より管弦楽編成(上記)が拡大されただけでなく、実験的といえるほど劇性・表現性が打ち出された、いわゆる「楽劇」スタイルをとる。

表現性の拡大

歌詞との関係では、歌詞の韻律と音楽の拍節を意図的にずらすことで、より心理的・演劇的表現が追求されている。また、小人や巨人など異形のキャラクターの表現も特徴的で、小人には半音進行が多く、性急でぎくしゃくした音型を当て、巨人に対しては暴力的リズムの反復に金管の粗野な響きが組み合わされる。

さらに、異例な進行を反復することで、正常な進行を異化させる効果を打ち出した。例えば、第3場でミーメが「アルベリヒが悪知恵めぐらし」と歌う箇所では、3度音程を減5度という間隔で反復進行させ、そのあとにつづく単純明快な長三和音の分散型が、奇怪でおぞましい印象を与えるものとなる。この手法は、ワーグナーが後に掲げた「価値の反転」の先触れとなるものである。

ライトモティーフの機能

「槍の動機」=「契約の動機」
「指環の動機」
「剣の動機」

フランスの音楽学者アルベール・ラヴィニャック(1846 - 1916)によれば、『指環』四部作中に計82のライトモティーフ(示導動機)が数えられ、そのうち34が『ラインの黄金』に現れるとされる。

ライトモティーフは、キャラクターに固有の音型を付けるというような単純なものでなく、一つの動機が複数の概念をはらみ(例:「槍の動機」=「契約の動機」)、さらに別の動機に発展、変容するなど、相互に近親性を持つものがある。例えば、第1場から第2場への転換では、「指環の動機」が「ヴァルハルの動機」へと滑らかに移行する。また、幕切れ近くに初めて示される「剣の動機」は、台本で直接「剣」について語られることがないにもかかわらず、変ニ長調のなかにハ長調で現れ、次作の悲劇を予告するかのような働きをする。これらは、ライトモティーフの体系化を困難にしている。

ワーグナー自身がライトモティーフについて説明したことはなく、『指環』4部作のライトモティーフについて最初に分析したのはハンス・フォン・ヴォルツォーゲン(1848年 - 1938年)である。ワーグナーはヴォルツォーゲンの分析について、「自分でもこれほど見事に分類できない」と語っている。これらは、ワーグナーがライトモティーフの体系化をあえて拒んだことを示唆しているとも考えられている。

ギリシア神話・哲学の影響

ギリシア神話

ワーグナーは1840年代の半ばにアイスキュロスギリシア悲劇に接し、ソポクレスエウリピデスの悲劇、ホメロスの叙事詩、プラトンの著作などを渉猟し、アリストパネスを高く評価していた。『指環』4部作において、なかでも強い影響が見られるのはアイスキュロスである。

アイスキュロスの悲劇のうち、とくにワーグナーが手本にしたと見られるのは、『オレステイア』と『プロメテウス』各3部作である[7]。アイスキュロスの頃、ギリシア悲劇は3部作として上演されており、これにサテュロス劇を加えた4部構成とされた。『指環』4部作は、この形式を踏まえたものである。

アイスキュロスの訳者ドロイゼンは、『プロメテウス』3部作の復元を試みており、ワーグナーはこの復元版に依拠している。この復元版と照らすと、4部作のうち『ラインの黄金』は『火をもたらすプロメテウス』(盗み)、『ヴァルキューレ』は『縛られたプロメテウス』(処罰)、『神々の黄昏』は『解放されたプロメテウス』(救済)というテーマが対応する。残る『ジークフリート』はサテュロス劇に対応することになる[8]

また、『指環』4部作に「舞台祝祭劇」と名付けたのも、ギリシア悲劇が祭祀的に上演されていたことを受けたものであり、ワーグナーは4部作と同時に、これらを上演するための特別な劇場を構想、後のバイロイト祝祭劇場建設に至る。

ギリシア哲学

『ラインの黄金』では、4部作の中心主題となる、世界を支配する「指環」が作られた経緯が語られ、それに伴って、愛情と権力の葛藤という図式が提示される。アルベリヒが権力を求めて愛を捨てることが物語の発端となるが、ヴォータンとフリッカの対立や巨人族兄弟の対比にもまた、権力志向及びこれと相対する愛情志向の投影が見られる。

こうした二元論・宇宙論的構成は古代ギリシアの哲学者エンペドクレスの応用である。第2場では、ローゲが「水・地・風」を経巡ってきたと歌うが、ローゲ自身は「火の化身」であり、エンペドクレスが唱えた四元素説がここに示されている。エンペドクレスは、四元素を結合する要素が愛(Philia)、分裂させる要素が憎悪(Neikos)であるとした。ワーグナーは本作品にNeidspiel(権力闘争)やNeidtat(嫌がらせ)など造語を用いており、この造語成分であるNeidは、Neikosと語呂・意味内容が一致している。


注釈

  1. ^ ワーグナー自身はこの4部作を「舞台祝祭劇」(Bühnenfestspiel)としており、「楽劇」(musik drama)と呼ばれることには異議を唱えていた。

出典

  1. ^ 『ヴィーベルンゲン一族』が書かれたのはさらに後の1849年5月とする説もあり、この間の経緯についての実情は定かでない。
  2. ^ フリードリヒ・テオドール・フィッシャーは、1844年の著作『オペラへの提案』の中で、ニーベルング伝説を「大英雄オペラ」のテクストとして推奨している。また、この中で彼は、オペラで『エッダ』の神話物語にまで遡るのは経済的にも許されない、と書いている。ワーグナーがこの著作を読んだという確証はないが、ワーグナー自身が『ジークフリートの死』初稿を「大英雄オペラ」と呼んでいることや『ジークフリートの死』が『ニーベルンゲン神話』の終末部を描き、前史の部分は回想的に語られるだけの構造になっていることなどから影響関係を認める研究者もいる。
  3. ^ リストの尽力によって1850年8月にヴァイマルで初演された。
  4. ^ 1853年11月から書き始められた作曲草稿では、ラインの乙女たちやアルベリヒなどの旋律が明確に記されているのに対し、序奏の部分は変ホ長調の和音分散型が示されてはいるものの曖昧であり、現在聴かれるホルンの「生成の動機」が実際に書かれるのは最終稿に至ってである。『わが生涯』の記述は、ワーグナーが自己やその作品についてしばしば詩的に表現する意図が見られ、その記述が文字通りの事実であるかについては疑問も呈されている。
  5. ^ これを被ると姿が見えなくなり、念じるものの姿に変身できる。隠れ頭巾のもとは、ギリシア神話の「ハーデースの隠れ兜」である。また、プラトンの『国家』に、姿が見えなくなる力を持つ「ギュゲスの指環」の話が述べてあり、ワーグナーはこれを参考にしたと見られる。
  6. ^ 財宝を独り占めしたファーフナーが唯一捨てていった剣、ノートゥングである。1873年の『指環』全曲初演でコレペティトール(音楽指導)を務めたフェリックス・モットルによると、初演の練習に立ち会ったワーグナーはヴォータン役のフランツ・ベッツに、この場面で剣を取り上げ、ヴァルハルの城に挨拶を送るように振りかざすことを指示したという。
  7. ^ 現存する『縛られたプロメテウス』は3部作の一つと考えられているが、他の2作がわずかな断片を残すのみで散佚しているため、3部作本来の構成と内容は明らかではない。例えば、ちくま文庫の訳者である呉茂一は『縛られたプロメテウス』、『プロメテウスの解放』、『火をもたらすプロメテウス』の順だと述べている。解説者の高津春繁は、『縛られた-』→『-解放』の順であろうと述べるが、『火をもたらす-』の位置については言及していない。
  8. ^ ただし、サテュロス劇は3部作の終わりに上演されるので、『ジークフリート』とは作品順が一致しない。






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