アシダカグモ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/20 13:54 UTC 版)
生態
都市の建造物の内外[注 3]に生息するが、南西諸島(トカラ列島以南)・小笠原諸島では、森林内に生息する小型の個体からなる個体群がある[10]。動きはとても俊敏。
夜行性で、日中は物陰など[注 4]に潜み、夜になると隠れた場所から這い出る[10]。そして天井・障子・壁などで脚を広げて静止し[14]、接近してきた昆虫[10](ゴキブリ・ハエ・ガ・カ・ハサミムシなど)を捕食する[14]。本種を含むクモ類は歯を持たず、消化液を出しながら噛み砕いて体液を吸い込む[注 5][11](体外消化)。成長が遅く、成体になるのに2年ほどかかるが、その分寿命は長く、飼育下では8 - 10年にわたり生きた記録もある[7]。
本種の天敵となるカリバチとして、クモバチ科[注 6]のスギハラクモバチ Leptodialepis sugiharai (Uchida, 1932) [16]やツマアカクモバチ[17] Tachypompilus analis [18]がいる。
類縁種など
アシダカグモ属は世界に180種がある。日本にはこの種を含めて3種のみが知られるが、他の2種はごく分布の限られたものばかりである。
- トカラアシダカグモ H. tokarensis Yaginuma, 1961[19]:トカラ列島中之島に分布、ただし正体不明。
- ホソミアシダカグモ H. simplex Jäger & Ono, 2000[19]:八重山諸島に分布(日本固有種)[10]。体長はメスが18 - 25 mm、オスが13 - 16 mm[10]。日中は樹皮の下・倒木・朽木・崖の窪みなどに潜み、夜になると樹幹・崖地・草地などを徘徊する[10]。
日本には、森林の落ち葉や枯れ木の下にもよく似たクモがいるが、これはコアシダカグモ(Sinopoda forcipata)といって別種である。この種は以前は同属とされていたが、現在は別属とされている。ただしその判別は生殖器の特徴により、外部形態ではほとんど差がない。判別としては、アシダカグモよりやや小柄で足が短く、体色が濃い褐色である点が異なるが、非常によく似ていて紛らわしい。本州から九州まで分布し、中国からも記録がある。コアシダカグモは野外の自然環境の保たれた場所に生息し、室内性のアシダカグモとは棲み分けているようであるが、希に室内や建物内で発見されることがあり、上記のように誤認されたと思われる例もある。
なお、コアシダカグモ属にはさらに別種があり、琉球列島には地域ごとの別種がいるほか、近縁の別属カワリアシダカグモ属の種も発見されている。
繁殖
日本に生息するメスの産卵期は5月 - 8月ごろである[10]。母グモは平均300個程度(180 - 440個)の卵を糸で包んで円盤形の卵嚢を形成し、これを触肢・牙・第3脚で抱えて持ち歩く[注 7][10]。その間、孵化した幼体は卵嚢内で1回脱皮する[10]。母グモは卵嚢から幼体が出てくる直前、幼体の入った卵嚢を糸で壁面に固定する[10]。子グモは7 - 10日後に出廬して風通しの良い場所へ移動、腹部から糸を出し、風に乗って糸とともに飛散する(バルーニング)。メスは10回、オスは9回の脱皮を経て、約2年で成虫になる[10]。
孵化した子グモは、しばらく卵嚢の周りの壁にたむろしているが、これを発見した人などが手を加えると次の瞬間に子グモたちはそこら中へと走り出す。
注釈
- ^ 熊野地方(三重県および和歌山県)や四国(徳島県・高知県)、宮崎県、沖縄県(国頭郡や西表島)などでこう呼ばれている[4]。北海道ではオニグモを「イエグモ」と呼ぶ[5]。
- ^ 本種に匹敵する大型の徘徊性のクモとしてはオオハシリグモ(南西諸島固有)がいる。
- ^ 建物(民家や神社仏閣・納屋など)のほか、野外(雑木林・竹林・社寺林など)に生息する[10]。
- ^ 壁や塀の隙間、柱の割れ目など[14]。
- ^ ゴキブリの死骸の一部(翅・脚など)が落ちている場合、それは本種の食べ残しとされる[11]。
- ^ クモバチ科 Pompilidae はかつてベッコウバチ科と呼ばれていた[15]。
- ^ 子グモが孵化するまで餌を食べず、卵嚢を持ち歩く。
- ^ 基本的に臆病で、人間が近寄ると素早く逃げようとする傾向が強く、近くの壁を叩くなどの振動にも敏感に反応する。ただし、素手で掴み上げるなどすると、防衛のため大きな牙で噛みつかれる場合がある。
- ^ 一晩で20匹以上のゴキブリに噛みついたという観察記録もある[20]。
- ^ 特に、卵嚢を抱えたメスは縁起が良いとされる[24]。
- ^ 斎藤慎一郎 (2002) は、このように石垣島でアシダカグモが忌避される理由について「(アシダカグモが珍重される宮古島にはハブが生息しないのとは対照的に)石垣島には毒を持つサキシマハブ・ヒメハブ(毒蛇)が生息する。それらのヘビが餌として大型のアシダカグモを追って、家の中に侵入するのを防ぐため、『ヤクブ(アシダカグモ)を見つけたら殺せ』という伝承が成立したのではないだろうか」と指摘している[26]。
出典
- ^ “Heteropoda venatoria in World Spider Catalog”. 2016年7月15日閲覧。
- ^ a b c d e アシダカグモ. コトバンクより2020年10月24日閲覧。
- ^ "足高蜘蛛". デジタル大辞泉. コトバンクより2020年10月24日閲覧。
- ^ a b 斎藤慎一郎 2002, p. 161.
- ^ 斎藤慎一郎 2002, p. 157.
- ^ a b 斎藤慎一郎 2002, p. 162.
- ^ a b c 八木沼健夫 1986, p. 199.
- ^ a b 安富和男 & 梅谷献二 1995, p. 255.
- ^ 安富和男 & 梅谷献二 1995, p. 211,255.
- ^ a b c d e f g h i j k l m 小野展嗣 & 緒方清人 2018, p. 551.
- ^ a b c d e 新修豊田市史編さん専門委員会 編「第3章 豊田市における生物多様性 > 第4節 糸の使い手 蜘蛛類 > コラム3-4-2 嫌われ者のアシダカグモ」『新修豊田市史 別編 自然』愛知県豊田市、2018年3月31日、437頁。
- ^ a b c 大利昌久「わが国におけるアシダカグモの地理的分布」『衞生動物』第26巻第4号、日本衛生動物学会、1975年12月15日、255-256頁、NAID 110003815149。
- ^ 徳本洋「アシダカグモ分布記録へのコアシダカグモ属の種の誤入」(PDF)『キシダイア(Kishidaia)』第86巻、東京蜘蛛談話会、2004年、1-9頁、2020年5月26日閲覧。
- ^ a b c 新海栄一 2017, p. 303.
- ^ 吉田浩史、八木剛(著)、きべりはむし編集委員会(編)「神戸市の注目すべき双翅目および膜翅目の記録」(PDF)『きべりはむし』第38巻第2号、兵庫昆虫同好会・NPO法人こどもとむしの会、2016年3月25日、22頁、2021年3月24日閲覧。 - 「NPO法人こどもとむしの会」は、佐用町昆虫館(兵庫県佐用郡佐用町)を運営している法人である。
- ^ “スギハラクモバチ”. 京都府レッドデータブック2015. 京都府 (2015年). 2021年3月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年3月24日閲覧。
- ^ 岡島秀治 編『昆虫』学研プラス〈学研の図鑑LIVE ポケット〉、2017年2月23日、130頁。ISBN 978-4059155041。
- ^ 中村孝「山口市で撮影した狩蜂類」(PDF)『山口県の自然』第74巻、山口県立山口博物館、 日本・山口県山口市、2014年3月、58頁、2021年3月24日閲覧。
- ^ a b 小野展嗣 & 緒方清人 2018, p. 646.
- ^ a b 八木沼健夫 1969, p. 26.
- ^ 八木沼健夫 1969, pp. 26–27.
- ^ 大利昌久「衛生害虫の天敵としてのクモ類 : 1. 長崎県の家屋内に棲むクモ類の観察」『衛生動物』第25巻第2号、日本衛生動物学会、1974年9月15日、153-160頁、doi:10.7601/mez.25.153、ISSN 1883-6631。
- ^ a b c 安富和男 & 梅谷献二 1995, p. 211.
- ^ a b c 斎藤慎一郎 2002, p. 160.
- ^ 斎藤慎一郎 2002, pp. 122–123.
- ^ a b 斎藤慎一郎 2002, p. 121.
- ^ “史上最強のゴキブリハンターことアシダカグモさんを見かけたら怖がらずに「お疲れ様です!」と挨拶しよう”. ロケットニュース24 (2012年6月13日). 2021年7月16日閲覧。
- ^ “驚くべき殺傷能力を持つゴキブリの天敵「アシダカグモ」とは”. ライブドアニュース. 2021年7月16日閲覧。
- アシダカグモのページへのリンク