ビザンチン【Byzantine】
ビザンチン
分子式: | C54H102O13 |
その他の名称: | 6-O-(3-Nonyldodecanoyl)-α-D-glucopyranose 6-O-(3-nonyldodecanoyl)-α-D-glucopyranose 1,1-anhydride、6-O-(3-Nonyldodecanoyl)-α-D-glucopyranosyl 6-O-(3-nonyldodecanoyl)-α-D-glucopyranoside、ビザンチン、Vizantine、TBU-101 |
体系名: | 6-O-(3-ノニルドデカノイル)-α-D-グルコピラノース6-O-(3-ノニルドデカノイル)-α-D-グルコピラノース1,1-アンヒドリド、6-O-(3-ノニルドデカノイル)-α-D-グルコピラノシル6-O-(3-ノニルドデカノイル)-α-D-グルコピラノシド |
ビザンチン 【Byzantine】
ビザンティン
(ビザンチン から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/29 08:44 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動ビザンティン(ビザンチン、英語: Byzantine)は、東ローマ帝国の首都であったコンスタンティノポリス(コンスタンディヌーポリ、コンスタンティノープル)の旧名ビュザンティオン(ビュザンティウム、ビザンチウム)を語源とする東ローマ帝国およびその文物を指す、英語の形容詞に由来する名称。正教会の広まった地域を中心に文化的な影響を及ぼし、これらの地域における文物の特定様式にも「ビザンティン」の名が付される事がある。ドイツ語の名詞ビザンツ(ドイツ語: Byzanz, ただし標準ドイツ語発音ではビュツァンツ)とも表記される。
なお、「ビザンティン」「ビザンツ」のいずれも後代に用いられるようになった用語であり、東ローマ帝国時代から用いられていた呼称ではない。
- 東ローマ帝国 - またの名を「ビザンティン帝国」「ビザンツ帝国」の通称がある。しかしながら東ローマ帝国においては自国の名称は「ローマ帝国」であり、「ビザンティン」の名が使われた事は無く、「ビザンティン帝国」「ビザンツ帝国」は後代に用いられるようになった呼称である。詳細は東ローマ帝国#名称を参照。
- ビザンティン文化 - 東ローマ帝国のもとで栄えた文化。日本ではビザンツ文化と呼ぶ場合もある。
- ビザンティン建築 - 東ローマ帝国の勢力下で興った建築。
- 東欧諸国のビザンティン建築 - ブルガリアやロシア、ルーマニアに伝播したビザンティン建築を便宜的にまとめた記事。
- ネオ・ビザンティン建築 - 19世紀中葉から20世紀初頭に発展したビザンティン様式。
- テッサロニキの初期キリスト教とビザンティン様式の建造物群 - ギリシャ共和国のテッサロニキにあるユネスコの世界遺産。
- ビザンチン (クルアーン) - クルアーンにおける第30番目のスーラ。
関連項目
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「ビザンチン」の例文・使い方・用例・文例
- ビザンチン式建築 《5‐6 世紀ごろ Byzantium を中心に興った様式》.
- 【美術】 ビザンチン派.
- ビザンチン教会, 東方正教会 《the Orthodox (Eastern) Church の別称》.
- ビザンチン帝国 《東ローマ帝国の別称》.
- ビザンチン帝国の、ビザンチン帝国に関する、または、ビザンチン帝国に特徴的な、あるいは、ビザンチウムの古代都市
- イスタンブールのビザンチン建築の6世紀の傑作
- 5世紀後に発展したビザンチン帝国で発生した建築様式
- それがビザンチン帝国で存在したようなカトリック教会
- 紀元前27年にオーガストゥスによって設立されて、西暦395年に西洋のローマ帝国と東に分割された帝国かビザンチン帝国
- ビザンティウムかビザンチン帝国の出身者、または、居住者
- ビザンチン帝国の皇帝で、帝国の東部国境をペルシア人から守った
- ビザンチン帝国の金貨
- ビザンチン建築という,建築様式
- ビザンチン建築という建築様式の建築物
- ビザンチン美術という美術様式
- ビザンチン様式という建築様式
- ビザンチン時代,キリスト教徒は時に迫害を受けていた。
ビザンチンと同じ種類の言葉
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