オデュッセイア【Odysseia】
オデュッセイア
オデュッセイア
オデュッセイア
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| ギリシア神話 |
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『オデュッセイア』(古代ギリシア語イオニア方言: ΟΔΥΣΣΕΙΑ(Ὀδύσσεια)、古代ギリシア語ラテン翻字: Odysseia, Odysseiā、ラテン語: Odyssea)は、ホメーロスの作品とされる、古代ギリシアの二大叙事詩の一つである[1][2]。現存する最古の文学の一作であり、現代においてもよく知られた作品である。『イーリアス』と同様『オデュッセイア』は24巻から構成されている。この作品は、イタケー島の英雄王であるオデュッセウスに起こったことを描いており、十年にわたったトロイア戦争終了後、彼が故郷に帰還する物語である。トロイアからイタケーまでの旅には更に十年が費やされ、この間、オデュッセウスは多数の危難に遭遇し、彼の船の搭乗員は全員が命を落とす。長い期間の不在によって、彼はイタケーでは死亡したと見なされ、妻ペーネロペーと息子テーレマコスは、ペーネロペーと結婚して財産と王の地位を手にいれようと互いに争う、無法で不埒な求婚者たちの群れに抗する日々を過ごしている。
『オデュッセイア』は紀元前8世紀から前7世紀頃に、ホメロース・ギリシア語ではじめて詩作された。紀元前6世紀には、ギリシア文学の正典(カノン)の一部となった。古典古代にあっては、ホメーロスが作者であることは疑いのない真実と考えられたが、現在の学者のあいだでは、『イーリアス』と『オデュッセイア』は、長い口承の一部として別個に詩作されたとする考えが優勢である。識字率が非常に低かったため、叙事詩は、アオイドス(吟遊詩人[注釈 1])やラプソドス(吟唱詩人[注釈 2])によって、聴衆に口演された。
この叙事詩の鍵となる主題は、「ノストス」(帰還・帰郷、νόστος)、「放浪」、「見知らぬ客のもてなし」(クセニア、ξενία)、「試練」、「復讐」などの概念である[3]。研究者は、詩のなかの特定グループが、ナラティブ(語り)にあって優越して現れることを論じている。例えば、女性や奴隷などのグループで、古代文学の他の作品中に比較して、より重要な役割を担っている。この点は、トロイア戦争のあいだ、戦士や王侯の功業に焦点を合わせている『イーリアス』と対比するとき、とりわけ顕著である。
背景
年代
『イーリアス』と『オデュッセイア』の成立年代が何時なのかをめぐって、多数の見解が提示されたが、合意を得た結論は出ていない[4]。ロバート・ランバートンは、これらの叙事詩が、紀元前5世紀半ば以降の識字率が普及し始めた時期を[跨いでいた][5]と述べるが、しかし詩の言語はこの時期よりも遙かに古い時代に遡ることができる[6]。古代ギリシア人は、紀元前8世紀の間、自分たちの書記システムを生み出すため、フェニキア・アルファベットを改変した文字を採択し始めていた[4]。もしホメーロスの叙事詩がこのように発展した識字力による最初期の所産に含まれているとすると、作品は前8世紀の末頃には成立していたことになる[7][注釈 3]。
ルドルフ・プファイファーによると、叙事詩はおそらく文字に書き下ろされていた。しかし、そのようなテキストが公開され、識字力のある読者が読むことができるよう物理的に配布されていたという証拠が存在しない[10][注釈 4]。年代の決定は、ホメーロスの叙事詩、またその一部が、数百年にわたりラプソドスたちによって口演されていたという事実によって、一層に複雑である。
詩の成立と作者
- 詳しくは、ホメーロス問題を参照
学者たちのあいだでは、ホメーロスの叙事詩が、数百年にわたる口頭伝承の一部として発達したことについて同意がある[12]。20世紀初頭において、ミルマン・パリーとアルバート・ロードは、これらの叙事詩が、口承詩の特徴を顕著に含んでいることを実地に証明した[13][注釈 5]。これらの特徴は、詩人が文字を知らなくとも、口演を通じて長大な詩句を即興で構成して[15]、詩作することを可能にする[13]。しかし学者たちは、詩がどのようにして口承伝統から生み出されたのかについては意見が一致しておらず[6]、口承伝統が叙事詩の構成と成立において決定的な役割を持ったかどうかは明らかでない[16]。 19世紀においては、叙事詩の作者に関係する一連の疑問は、ホメーロス問題として知られるようになった[17]。古代より伝わる情報源は、ホメーロスを説明するため、神話的なナラティヴ(語り)を生み出した[18]。ホメーロスについての多数にわたる問題は、今日でもなお執拗に議論されている[6]。例えば、『イーリアス』と『オデュッセイア』、そして「叙事詩環」に属する大部分が失われた詩作品のあいだの作品構成的な関係性について。ホメーロスは実在していたのかどうか、もし彼が実在していたなら何時の時代に[17]。また叙事詩は、何らかの地理的、歴史的、文化的現実を反映しているのかいなか[6]。ホメーロスが今日『イーリアス』と『オデュッセイア』の作者とされている他方、歴史的には彼の作品だとされていた他の作品、例えば、『ホメーロス風讃歌』はどうなのか[19]。
テキストにおける再建は、叙事詩が多数の形態を取っていたことを示す[20]。聴衆の反応はライブの口演における重要な要素であり、詩の内容は、口演から口演へと朗唱場面に応じて変動していったであろう[19]。この流れ(コンテクスト)は、叙事詩を理解し解釈するにおいて重要である[21]。ジョン・マイルズ・フォーリーは、実演は、叙事詩の意味にとって決定的に重要な部分であると記している[22]。叙事詩の実演は、両作品で主題となっており、『オデュッセイア』においては、ペーミオスとデーモドコスのような専門的な朗唱家を実際に描いている[23][24]。叙事詩内で語られているこれらの実演例を、叙事詩の公演についての我々の理解に当てはめると、紀元前2千年期および前1千年期初頭にあって、名門家族の邸宅での宴会や晩餐の一部として、これらの叙事詩が実演されていたと考えられる[25][26]。また聴衆が演出したり、参加していた可能性が示唆される[25]。叙事詩はおそらく、その場で朗読されたのであり、音楽と共に上演されたのではないであろう[27]。
『イーリアス』と同様に『オデュッセイア』は、24巻に分かれている[注釈 6]。初期の研究者は、この数がギリシア語アルファベットの文字数に対応していると指摘したが、これは歴史的に特に意味はないと一般に考えられている[29][注釈 7]。巻立てはおそらく叙事詩が制作されてずっと後になって為されたものであるが、詩の現代的な構造の一部として今日一般に受け入れられている[31]。この巻立てがどのようにして起こったのか、多数の説がある。ある者は、口頭伝承の由緒ある一部であるとし、別の者はアレクサンドリアの学者たちが発明したのだとする[32]。プセウド・プルタルコスは、サモトラケのアリスタルコスが巻立てしたとしているが、これを否定する証拠が存在する[33][34]。ある学者たちは、叙事詩の巻分割を、公演の伝統、例えば、ラプソドスの創作に帰している[35][36]。
両方の叙事詩が、聴衆に対してある程度の予備知識、例えばトロイア戦争に関する知識があることを前提にしている。この事実は、両叙事詩が、先行して存在していた神話の伝統に基ずいていることを強く示唆する[37]。両詩にとってトロイア戦争は重要な要素である一方、『オデュッセイア』は『イーリアス』が描いている戦争の出来事を直接的には参照しておらず[38][注釈 8]、一般に両詩は、互いに独立して形成されたと見なされている[40]。どちらの叙事詩が先に造られたのか議論されているが、明瞭には分かっていない[40]。
ムーサへの祈り
ホメーロスの叙事詩には、朗誦の開始において「ムーサへの祈り」の句が入っている[注釈 9]。これは話を始める契機としての重要な宣言であり、自然なかたちで詩のなかに織り込まれている。『オデュッセイア』では、最初の行は次のようになっている。
Ἄνδρα μοι ἔννεπε, Μοῦσα, πολύτροπον, ὃς μάλα πολλὰ
(古代ギリシア語ラテン翻字: Ándra moi énnepe, Moũsa, polútropon, hòs mála pollà...)[注釈 10]
原文の語順どおりに訳すと、次のようになる。
あの男のことを わたしに 語ってください ムーサよ 数多くの苦難を経験した「あの男」を……
「あの男」とは、オデュッセウスのことを指す。オデュッセウスが経験した数々の苦難の旅の物語を、わたしの舌を通じて語ってください、とムーサに祈るのである。このようにして、ムーサ女神が、吟遊詩人の言葉を通じて「ある英雄」の話をヘクサメトロンの韻律で人々に伝え語るのである。
神話(物語のあらすじ)
第1歌
物語は、『イーリアス』のトロイア戦争で活躍した英雄オデュッセウスが、女神カリュプソー(「隠す者」の意)の島に囚われているところからこの物語は始まる。 主神ゼウスはじめとするオリュンポスの神々のほとんどが「オデュッセウスを故郷のイタケーに帰郷させること」を決議するが、オデュッセウスに我が子ポリュペーモスの眼を潰された海神ポセイドーンのみはオデュッセウスに深い恨みを持ち続け、海路で帰途に就こうとするオデュッセウスに様々な困難をもたらす趣旨が説明され、聴衆にオデュッセウスの帰路の旅が困難になるであろう事を前提で示しながら、また同時に英雄オデュッセウスに対してオリュンポスの神々が少なからず助力し「正しい行いをする者」を神々が憐み見放さない事を聴衆に暗示しつつ語りかけを成立させている。
第2歌
オデュッセウスが死んだと考えられているイタケーでは、オデュッセウスの妻ペーネロペーのところに、40人の求婚者が遺産目当てに言い寄って数年が経っていた。オデュッセウスの妻ペーネロペーの実子であるテーレマコスは、母の苦境とオデュッセウス家の窮状を救うべく決心し、イタケーの衆を集め求婚者達の横道ぶりを皆に訴えた、しかしテーレマコスの訴えは憐みを得たがすぐに求婚者たちの非難の声にかき消され、テーレマコスの訴えは虚しく終わる。ここにきてイタケーの衆の意を得られねかったテーレマコスは意を決し、父の行方を探す望み薄き危険な旅に出る事を決意する。この時テーレマコスは屋敷や町の者たちに自分を養育してくれた恩義を述べつつもオデュッセウス邸での非道ぶりに対して正義が糺されると宣言し、悪辣な求婚者たちへの敵対を表明する。求婚者たちは将来の憂いになるテーレマコスの除外も相談するが、女神アテーナーの助けを借りて、テーレマコスは無事に父の行方を探す旅に出立する。
第3歌
テーレマコスはまずイタケー島を出てピュロスに着き、同じアカイア人で武勇の名高いネストール王に会う。王はおりしも海神ポセイドーンへ生贄を捧げる祭祀の途中であったが、訪れてきた旅の若者を快く迎え儀礼に加えて歓待してくれた。古代ギリシアではゼウスは旅人の守護神でもあり、自身も艱難を経てトロイア戦争から帰国出来たネストール王は儀礼を尽くしてテーレマコスを歓待し、またテーレマコスも儀礼をもって王に答えた。この礼儀を弁えた若者に対して、王はトロイア戦争が9年の長きに及び多くの英雄たちさえも失った事を語りだす。そしてこのトロイア戦争に戦況を打開して戦に終止符を打ったのが知略の人・オデュッセウスであったと讃嘆し、戦争が終結しアカイア人の武将たちの多くが帰郷の際に亡くなった事告げる。が、肝心のオデュッセウスの行方はネストール王にも判らず、ネストール王が帰郷の際に神々への祭祀を怠りさまざまな海難に有った事をテーレマコスに語る(だからこそ祭祀を怠らず、テーレマコスを歓待している故を旅の話で語る)。オデュッセウスの生死については自分は判らないが海神の翁(ポセイドーンとは別の海神)に助けられた際に、この翁が言うには「オデュッセウスはカリュプソーの島に囚われているらしい」との伝聞をネストール王に語ってくれた。こうしてネストール王の帰国の艱難の帰路と、王の中の王「アガメムノーン王」がアイギストスに謀殺されたことを話し、漂流の間にアガメムノーンの仇を討つことを誓うが、帰国が叶ったおりに、アガメムノーン王の息子オレステースが父の仇アイギストスを見事討ち果たし後世に名を残す勇名を得た事をテーレマコスに語る。これはテーレマコスに対してもこれを見習い青年よ大義を成せとの激励の示唆なのであるが、テーレマコスは礼儀を持って返答しつつ「私にはそのような大事を成せる自信がない」と弱音を漏らす。ここで女神アテーナーはメントス王の姿を借りて弱音を吐くテーレマコスを叱責する。このような話の流れから、ネストール王は戦友オデュッセウスの息子に力を貸し、彼の息子たちにテーレマコスに助力する事を命じ、ネストール王の子息と壮麗な車を従わせスパルタのメネラーオス王に送った。
第4歌
メネラーオス王は、オデュッセウスのエジプトでの難破について話す。オデュッセウスは、ニュムペーのカリュプソーに引き止められている。
第5歌
ポセイドーンの怒りを買い、イタケーに還れずにいるオデュッセウスに対して、他の神々は同情的である。ポセイドーンがアイティオピアーの宴席に赴いており、オリュンポスに不在である隙を見て、アテーナーは、大神ゼウスに嘆願し、オデュッセウスの帰国の許しを得る。神々の王ゼウスは、伝令使ヘルメースをカリュプソーの島に赴かせ、オデュッセウスを出立させる。しかし、その帰国を快く思わないポセイドーンは、オデュッセウスのいかだを三叉矛で難破させる。数日後、オデュッセウスは、海岸に流れ着き、オリーブの茂みで眠りにつく。
第6歌
第7歌
ナウシカアー姫は父王の元に案内する。
第8歌
翌日は祝日になり、アルキノオス王の宴でオデュッセウスは楽人デーモドコスが歌うトロイア戦争の物語を聞き、密かに涙する。王は、オデュッセウスの素性を尋ねる。
第9歌
オデュッセウスは、自分の素性を話し、今までの長旅について話し始める。イスマロスの町、ロートパゴイ族、キュクロープスの話をする。
第10歌
アイオロスの風によって帰路に就こうとするが、船員が誤って風の袋を開け、来た方角に押し戻される。アイアイエー島の魔女キルケーに船員は豚にされてしまう。オデュッセウスは、ヘルメースに授けられた魔法を防ぐ薬草モーリュにより助かる。キルケーは、オデュッセウスがオーケアノスを越えて、冥界に行かなければいけないことを話す。
第11歌
第11歌は「ネキュイア」(Nekyia)として知られる。
冥府に通じるとされる陸地に辿り着き、キルケーの指示通り準備をする。穴にたまった黒い血を目指し、死者の霊が集まってくる。最初に母アンティクレイアの霊が現れ、オデュッセウスは驚く。彼は母の死を知らなかった。しかし、剣を振りかざして母を追う。やがて予言者テイレシアースが現れ、彼から今後の旅について予言を聞く。その後、母と言葉を交わす。次には、古代の麗しい多数の婦人が現れる。やがて、トロイア戦争で戦死した者や、帰国の後に命を落とした者の霊魂が現れる。アガメムノーンは自分を殺害した妻クリュタイムネーストラーを烈しく非難する。勲に満ちた英雄アキレウスが現れると、オデュッセウスは最高の言葉で彼を称えるが、アキレウスは、死者としてあることの無意味さを嘆き、貧しき農夫であっても、生きてあることこそが素晴らしいと述べる。
第12歌
オデュッセウスの航海と冒険の話の続き。キルケーの館より出て、仲間たちと船を進ませる途中、セイレーネス(セイレーンたち)という人の顔を持ち鳥の身体を持つ怪物がいる島の傍らを船は通過する。セイレーンたちの歌を聴いた者は、すべての記憶を失い、怪物セイレーンに近づきその餌食とされる。しかし、オデュッセウスは、その歌が聞きたく、仲間たちの耳は蜜蝋で塞ぎ、自分は帆柱に縛り付けもらい、身動きできないようにして、無事通過する。オデュッセウスは、セイレーンの島に進むのだと叫ぶが、仲間たちは歌もその言葉も聞こえないので、そのまま無視して進んだ。
次に、怪物スキュラのいる岩の横を通過する。スキュラは、六本の頭で仲間たち六人をくわえて捉えむさぼり食うが、オデュッセウスを初め、他の仲間は何とか無事にスキュラの岩の傍らを通過できた。
それから、さらにヘーリオスの家畜がいる、トリーナキエー島に一行は上陸する。オデュッセウスは、あらかじめに警告を受けていたので上陸を止めたが、仲間たちが上陸すると云って聞かず、やむをえず上陸する。すると、やはり凶事は起こり、部下がヘーリオスの家畜をみだりに殺し食用にしたため、家畜を世話していたヘーリオスの娘ラムペティエーはそのことを父に知らせた。ヘーリオスは、怒ってゼウスに訴えたので、ゼウスは船に雷を落とした。彼らの船は再びスキュラの岩とカリュブディスの近くに流され、今度は、大渦巻きですべてを飲み込むカリュブディスの岩の下の海に吹き寄せられた。船は仲間を含めて渦巻きに飲み込まれたが、オデュッセウスだけは助かり、カリュプソーの島に流れ着いた。
第13歌
オデュッセウスの話は終わり、アルキノオス王は彼にイタケーに帰るように話し、オデュッセウスはアルキノオスから魔法の船を借り、イタケーへ船出し帰還する。アテーナーは、彼を老人に変装させる。
第14歌
豚飼いのエウマイオスは、素性を明かしていないオデュッセウスを歓待する。
第15歌
アテーナーは、テーレマコスに故郷に帰るように言う。
第16歌
テーレマコスがイタケーに帰ると、アテーナーはオデュッセウスを元の姿に戻す。オデュッセウスは、テーレマコスと再会する。2人は計略を練り、オデュッセウスが死んだと偽る。
第17歌
アテーナーは再びオデュッセウスを乞食の姿に戻し、彼は街へ帰る。
第18歌
求婚者は、オデュッセウスの鍛えられた筋肉に驚く。
第19歌
オデュッセウスはペーネロペーと長く話すが、素性は明かさない。かつての乳母エウリュクレイアは、膝の傷から彼がオデュッセウスであることに気付く。
第20歌
ゼウスは、青空に雷を落とす。
第21歌
ペーネロペーは、オデュッセウスの弓を持ち、「この強弓を扱える者と私は結婚する」と告げる。求婚者は、次々と試すが失敗、その日がアポローンの祭日であった為に、献酒する。オデュッセウスは弓で、矢を12本の斧の穴に通す。
第22歌
オデュッセウスは首謀者アンティノオスの喉を矢で射抜き、息子や家来と共に他の求婚者たちをすべて討ち果たす。次いで、オデュッセウスを裏切った侍女たちを絞首刑に処し、メランティオスを殺す。
第23歌
オデュッセウスは、ペーネロペーに冒険談を話す。
第24歌
オデュッセウスは、父ラーエルテースと再会する。求婚者の親族が復讐しようとするが、アテーナーが仲裁する。
影響史(写本)
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この節の加筆が望まれています。
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原典訳書
別形と様々な形
「オデュッセイア」という形は、古代ギリシア語のオデュッセウス(Ὀδυσσ-εύς)から来ている。Ὀδύσσειαは、Ὀδῠσσεύς + -ιᾰ で[41]、この形は、オデュッセウスの女性形であって、特に「詩歌」を意味するわけではない。しかし、古典ギリシア時代よりホメーロスの叙事詩の『オデュッセイア』を指す言葉として、ヘーロドトス、プラトーン、アリストテレースなどが使っている [42]。ホメーロスの叙事詩は、オデュッセイアという形以外に、オデュッセイアーという形も存在する。
元々、オデュッセウスという人名に、-ia という接尾辞を付けたものである。オデュッセウスという人名については、古代ギリシア語で様々な形があった。紀元2世紀頃のギリシアの文法学者アイリオス・ヘーローディアノス(Αἴλιος Ἡρωδιανός)の『一般プロソディア』の第1巻には、オデュッセウスの別形として、ウーリクセウス(Οὐλιξεύς, Oulikseus)が挙げられている[42]。これらは、別形では、オデュッセーオス、ウーリクセース等となる。
ドーリス方言と考えらえるギリシア語名ウーリクセースより、ラテン語のウリクセース(Ulixēs)およびウリュッセース(Ulyssēs)が派生し[43]、ここより、フランス語のユリス(Ulysse)、イタリア語のウリッセ(Ulisse)、英語のユーリシーズ(Ulysses)が派生している。これらは、ギリシア神話でのオデュッセウスと、ローマ神話での対応英雄を指す。ホメーロスの叙事詩を指すのではない。
叙事詩のオデュッセイアは、古代ギリシア語の言葉を借用して、ラテン語では、オデュッセーア(Odyssēa)という語が作られた。ここから中世フランス語形を通過して、現代のフランス語では、オディセ(Odyssée)という言葉となった。英語ではアディスィ(Odyssey)で、ドイツ語ではオデュッセー(Odyssee)、イタリア語ではオディッセア(Odissea)である。
英語のアディスィ(Odyssey)を日本語では慣用的に、オデッセイと発音して呼ぶ。
関連項目
- ユリシーズ (曖昧さ回避) - 曖昧さ回避ページ
- 『ユリシーズ』- ジェイムズ・ジョイスの長編小説。『オデュッセイア』を下敷きにした、現代が舞台の作品である。
- 『ユリシーズ』(1954年制作のイタリア映画) - オデュッセイアの映画化。
- 『ユリシーズの瞳』(1995年制作のギリシャ映画) - オデュッセイアをモチーフとした映画。
- 『宇宙伝説ユリシーズ31』(1981年制作の日仏合作テレビアニメ)はこの物語に材を取ったアニメである。
- オデッセイ - 曖昧さ回避ページ。
- 『オデュッセイア (映画)』(2026年制作のアメリカ映画) - オデュッセイアの映画化。
- 『百合若大臣』 - 日本に中世から伝わり、幸若舞などにもなっている説話。オデュッセイアと筋書きが類似している。物語が、日本あるいは東アジアに伝播して翻案されたか、または物語類型における普遍的対応性の現れ。
その他
- トロイア戦争が紀元前1200年代中期であるとの考古学的推定に基づき、トロイア陥落の100年以内の期間を調べた結果、『オデュッセイア』中の日食など天文現象に関する描写が歴史的事実の可能性があるとの研究報告が、2008年6月23日の『米科学アカデミー紀要』に発表された[44]。同報告によると、オデュッセウスが帰国したのは皆既日食が発生した紀元前1178年4月16日(紀元前12世紀)と比定される。
- 西欧諸語では原義から転じてしばしば「長い航海」の意味でも使われる(例:『2001年宇宙の旅』の原題 2001: A Space Odyssey、アメリカ航空宇宙局(NASA)の火星探査機2001 Mars Odysseyなど)。
- 本田技研工業(ホンダ)で生産されているミニバン、オデッセイ(ODYSSEY)の名もこれに由来する。また、同社で生産されているミニバン、エリシオン(ELYSION)は、この物語に登場する楽園の名であるエーリュシオンに由来している。また、海外専売車のミニバン、フィアット・ウリッセ(ウリッセはオデッセイアのラテン語読み)も同等の由来である。
脚注
注釈
- ↑ アオイドスは、各地を訪問して、行く先々で叙事詩を歌い語る人物を指す。「歌い手」である。アオイドスは、アーデイン(うたう)から派生している(ἀοιδός)。『イーリアス』の冒頭は、「メーニン・アエイデ・テアー(怒りを・歌え・女神よ)」であるが、この「アエイデ」と同じ語源である。
- ↑ ラプソドスは、紀元前6世紀から前5世紀頃に登場する詩歌の専門吟唱者である。ホメーロスの叙事詩やヘーシオドスの教訓詩を朗唱した。独特の外套をまとい杖を手にしていた。
- ↑ 1954年にイタリアのイスキア島で発見された陶器の杯(通称、ピテクサイのネストールの杯。紀元前735年頃-前720年頃製作)の表面には、「飲むに宜しきネストールの杯」との語がギリシア文字で刻まれていた[8]。キャルバート・ワトキンズなど、幾人かの学者は、この陶器の杯を『イーリアス』中に出てくる「ネストール王の黄金の杯」の描写と関連付けようとした[9]。杯の銘文が『イーリアス』への言及だとすると、叙事詩の文字成立は、少なくとも紀元前700-750年の年代に遡ることができる[4]。
- ↑ 乾燥した気候によって保存された『オデュッセイア』の断片を含むパピルスが、エジプトで発見されている。パピルスの年代は紀元前3世紀で、中世のヴァージョンとは内容が異なっている[11]。
- ↑ これらの特徴には、名詞と形容詞的な働きを持つエピテットの組み合わせ、類型場面及び交叉構造が含まれる[14]。
- ↑ これらの巻を、「書籍」と呼ぶのはいまや時代錯誤である[28]
- ↑ ホメーロスの時代、イオニア方言のアルファベットの数は20から26文字にわたっていた[30]。
- ↑ この所見は、デヴィッド・モンローに因んで「モンローの法則」として知られている[39]。
- ↑ ムーサは、ゼウスと記憶の女神ムネーモシュネーとのあいだの子とされる。
- ↑ ホメーロスの詩は、英雄脚六脚韻(ダクテュロス・ヘクサメトロス)の韻律でうたわれる。この最初の行を、高低アクセントは無視して、音節の長単だけに着目してカタカナで転写すると、次のようになる(叙事詩の実際の朗唱では,個々の単語は続けて発音される):「アンドラモイ|エンネペ|ムーサポ|リュトロポン|ホスマラ|ポッラ」。これは音節の長短で示すと、「長単単|長単単|長単単|長単単|長単単|長単」となっている。「長単単」という音節のパターンは、英雄脚(ダクテュロス)と呼ばれ、それが六回繰り返される詩形を六脚韻(ヘクサメトロン)と言う。ホメーロスの詩は、『イーリアス』もそうであるが、その行のすべてが、英雄脚ヘクサメトロンとなっている。「長単単」を基本とするが、「長長」の場合もあり、六脚の最後の脚は、「長長」または「長単」となる。
出典
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翻訳参考文献
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外部リンク
- 土井晩翠訳 オヂュッセーア - ウェイバックマシン(2004年8月12日アーカイブ分) - 物語倶楽部、土井晩翠訳は初版冨山房。
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