UNIDOによる適正技術論
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「適正技術」の記事における「UNIDOによる適正技術論」の解説
1975年、ペルーのリマで開かれた国際連合工業開発機関(UNIDO)の第2回総会で、適正技術の推進する方策を立案した。一方、この総会では当時の途上国の工業化への楽観的な展望を反映して、「2000年までに途上国の工業生産高を全世界の25%までに高める」という目標も宣言していた。現実にこれを達成しようとすれば各国は急速な工業化政策をとらなければならなくなるものであった。 このため、UNIDOの適正技術論は、近代的な先進技術を扱う工業と、同時に工業の地方分散化が必要であり、地方分散的工業には先進国で発達した技術や開発方針をそのままあてはめることは困難であり、異なる技術が必要であるという認識が出発点であった。このような工業化のやり方は、必然的に二重経済を招き、各々に適合する技術の二重性が必要となり、これをどのように克服するのかという経路をたどった。つまりUNIDOの適正技術論は、途上国の工業化をいかに達成するかという問題意識に沿って論じられ、近代的な先進技術を扱う工業と、それとは異なる技術を必要とする地方分散的工業との有機的統合を重視するところに特徴があった。 UNIDOは1978年にインドで2度の国際会議を開催し、行動プログラムを策定した。そして、これまでの議論の成果を報告書として出版することが決定した。 この報告書で、適正技術は「通常労働集約的な特徴を持ち、小規模生産によって使用され、発展途上国の伝統的技術に部分改良を加えたものであることが多い」「しかし、例えば素材生産産業のように資本集約的な技術が適正であるかもしれない。この場合でも生産工程を分離して考慮すべきであり、代替し得る技術の検討を経て採用されるべき技術」と説明された。基本的には生産コストを抑え経済性を基準に適正技術を判断する方針であった。しかし、新技術を習得するまでの間の高コストの容認や、過渡期の地方分散的な小規模事業者の保護の必要性も盛り込んでいた。 UNIDOの適正技術論は、技術を途上国の現状にあてはめようと努力した。しかし、その結果、何を適正と考えるか、その基準が多面的であいまいであるため、ますます議論を拡散させる結果となった。
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