SACO の条件付き返還
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「楚辺通信所」の記事における「SACO の条件付き返還」の解説
1996年の米軍基地再編(SACO最終報告)により、本施設の返還はキャンプ・ハンセン内に施設を新設移設することが条件とされた。2005年5月末をめどとされていたが、金武町は施設受け入れに抵抗、またロッキード社の新しい通信システムの導入が遅れたことにより返還はさらにずれこんだ。 SACO 最終報告 (1996年) における楚辺通信所の項目 返還区域: 読谷村の楚辺通信所(約53ha) 返還条件: アンテナ施設及び関連支援施設をキャンプ・ハンセンに移設 返還予定: 2000年度末まで 返還日: 2006年12月31日 ギンバル訓練場の移設と同時期に象のオリの代替施設まで負担を強いられる金武町では、なかなか得ることができなかった。また恩納村喜瀬武原区からも大きな反対の声が上がった。 2002年、恩納村喜瀬武原(きせんばる)の東側のキャンプ・ハンセンで事前説明もなく工事が始まり、赤土流出が発生した。また電磁波障害の不安も高まり、5月に臨時区民総会で移設工事着工に強く抗議、工事の中止などを決議した。6月30日に総決起大会を開き、改めて反対決議決議を採択した。 新施設の整備が完了した2006年12月末に日本に全面返還され、2007年5月31日より、アンテナを含む施設の本格的な撤去作業が行われ、2007年6月8日、全てのアンテナが撤去された。なお、キャンプ・ハンセン内に新規に建設された同種の施設には、「象の檻」との名称の元となった鉄塔群は存在せず、より最新鋭の通信設備を提供された。
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