David Coverdaleとは? わかりやすく解説

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デイヴィッド・カヴァデール

(David Coverdale から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/01/30 15:39 UTC 版)

デイヴィッド・カヴァデール
ロシア・サンクトペテルブルク公演 (2019年7月)
基本情報
生誕 (1951-09-22) 1951年9月22日(73歳)
出身地 イングランド ノースヨークシャー州
アメリカ合衆国 ネバダ州(2007年帰化)
ジャンル ブルース
ハードロック
ヘヴィメタル
職業 ミュージシャンシンガーソングライター
担当楽器 ボーカルギターキーボード
活動期間 1965年 - 現在
共同作業者 ディープ・パープル
ホワイトスネイク
カヴァデール・ペイジ
公式サイト whitesnake.com

デイヴィッド・カヴァデール[注釈 1](David Coverdale、1951年9月22日 - )は、イングランド出身、アメリカ合衆国籍(2007年3月帰化)のロックミュージシャンシンガーソングライター。身長179cm。

ハードロックバンド『ディープ・パープル』の3代目ヴォーカリストとして活動。脱退後にHR/HMバンド『ホワイトスネイク』を結成し、長年にわたり主宰を務めている[1]

略歴

イングランド中部のヨークシャーに生まれる。少年の頃からロックンロールに興味を持ち、1965 年に「ヴィンテージ 67」というセミプロのバンドを結成した。ヴィンテージ67はディープ・パープルの前座を務めたこともあった[注釈 2][2]が、その後解散。彼はブティックの店員をしながら音楽活動を続けた。

1973年、たまたま見たディープ・パープルのヴォーカリスト募集の広告に応募。オーディションでビートルズの「イエスタデイ」を歌い、リッチー・ブラックモア達に気に入られ合格。イアン・ギランの後任の3代目ヴォーカリストとして、第3期ディープ・パープルでデビューした[3]

1976年、第4期ディープ・パープルの状況に絶望を感じて脱退し[4][5][注釈 3]、ソロ・アルバムを2枚製作。1977年に「ホワイトスネイク」を結成。翌年には元ディープ・パープルのキーボーディストジョン・ロードが加入。さらに1980年には元ディープ・パープルのドラマーイアン・ペイスが加入し、バンドのパワーを向上させた。ホワイトスネイクは、まず本国イギリスと日本で人気に火が付いた。そして1987年のアルバム『白蛇の紋章〜サーペンス・アルバス』がアメリカで大ヒットし、彼等は名実ともに世界的なスーパーグループとなった[6]

1993年には元レッド・ツェッペリンのギタリスト、ジミー・ペイジと共に「カヴァデール・ペイジ」としてアルバムを発表、大きな話題を呼んだ。

2000年9月、22年ぶりのソロ・アルバム『イントゥ・ザ・ライト』を発表。2002年12月に、ホワイトスネイクを再結成して、欧米ツアーを行った。2008年に、ホワイトスネイク名義のアルバム『グッド・トゥ・ビー・バッド』を発表。2011年に、アルバム『フォーエヴァーモア』を発表。2012年ラスベガスで開催されたThe Vegas Rocks! Magazine Awardsのイベントで「Lifetime Achievement in Rock N' Roll」を受賞。

2015年4月、ディープ・パープル在籍時代の曲をセルフカバーしたホワイトスネイク名義のアルバム『ザ・パープル・アルバム』を発表[7]

2016年、ディープ・パープルがロックの殿堂入りを果たし、カヴァデールは8名の受賞者に含まれた[8][注釈 4][9][10]

エピソード

1987年当時

カヴァデールがディープ・パープル加入に際し、ダイエットし美容整形を受けることを条件にされたのは有名な話である。今でこそ男の色気を漂わして、一時はセックスシンボルとも称されたが、加入前は太って服のセンスは最悪、ニキビ面で斜視といった有様だった。ブラックモアは彼の声を気に入ったが容姿には頭を抱えた様である。一説では、彼はダイエット専門クリニックに入院させられて覚醒剤の一種であるアンフェタミンを処方されたと言われる。真偽のほどは不明。

この後も彼は美容整形を何回か行なっているようで、ホワイトスネイク時代の宣材写真を見ると頬の辺りが微妙に変わっていることがわかる。本人は美容整形の事実を隠しておらず公にしている。また1980年代の半ばより金髪染髪しており、現在では彼の名前からは直ぐに金髪が連想されるが、ディープ・パープルやホワイトスネイク初期の写真を見ればわかる通り、本来は黒髪である。

ブラックモアとは長らく仲違いしていたが、現在は完全和解している。

2007年3月1日にアメリカ合衆国ネバダ州リノにてアメリカ国籍を取得し帰化した。

Twitter(現X)ではコラ画像、面白画像の呟きが多く、2018年2月12日にはいつもの様に画像を張り続けていたが、そのうちの一つが日本の声優、舞台女優の平野綾のコラ画像であったため、平野本人にまで知れ渡り、困惑されてしまう珍事が発生した[11]

ディスコグラフィ

ソロ

  • 『ホワイトスネイク』 - White Snake (1977年)
  • 『嵐の叫び』 - Northwinds (1978年)
  • 『イントゥ・ザ・ライト』 - Into the Light (2000年)

カヴァーデイル・ペイジ

ホワイトスネイク

ディープ・パープル

脚注

注釈

  1. ^ デイヴィッド・カヴァーデイルデヴィッド・カヴァ(ー)デイルの表記もある。
  2. ^ 彼が在籍していたThe Governmentというバンドは、1968年にシェフィールドで第1期ディープ・パープルの前座を務めたことがあった。
  3. ^ 1976年3月、イングランド・ツアー最終日の15日にリヴァプール・エンパイア・シアター英語版で行なわれたコンサートの後、ジョン・ロードに脱退を宣言すると、既に解散を決意していたロードに「脱退しなければならないバンドなどないよ」と言われた。
  4. ^ 第1期から第3期までの総勢9名のメンバーのうち、第1期のニック・シンパーを除いた8名。

出典

  1. ^ 『9月22日はなんの日?』ホワイトスネイク、デイヴィッド・カヴァデールの誕生日”. billboard-japan (2017年9月22日). 2017年12月25日閲覧。
  2. ^ Popoff (2016), p. 40.
  3. ^ 【独占インタビュー後編】デヴィッド・カヴァーデイル「出会い、別れ、そして再会。ジョン・ロード、ゲイリー・ムーア、リッチー・ブラックモアについて」”. BARKS (2013年4月6日). 2017年12月25日閲覧。
  4. ^ thehighwaystar.com”. 2023年11月26日閲覧。
  5. ^ Popoff (2016), p. 194.
  6. ^ 【独占インタビュー前編】デヴィッド・カヴァーデイル「ホワイトスネイクの名前で出すものは、トップ・クオリティであるべきだ」”. BARKS (2013年3月20日). 2017年12月25日閲覧。
  7. ^ ホワイトスネイク『ザ・パープルアルバム』、大ヒット”. BARKS (2015年5月8日). 2017年12月25日閲覧。
  8. ^ “ディープ・パープル、殿堂入りするメンバー”. BARKS音楽ニュース. (2015年12月18日). https://www.barks.jp/news/?id=1000122505 
  9. ^ “ディープ・パープル、ロックの殿堂で過去メンバーが集まったら無視し合うことになると語る”. NME Japan. (2015年12月18日). http://nme-jp.com/news/10917/ 
  10. ^ “D.カヴァデールとG.ヒューズ、殿堂入りセレモニーに出席 Deep Purple”. BARKS音楽ニュース. (2016年4月9日). https://www.barks.jp/news/?id=1000126057 
  11. ^ ハードロック界のレジェンド、平野綾の偽画像に反応してしまう Buzz Feed 2018年2月14日 2025年1月31日 閲覧

引用文献

  • Popoff, Martin (2016). The Deep Purple Family Year By Year Volume One (to 1979). Bedford, England: Wymer Publishing. ISBN 978-1-908724-42-7 

関連項目

外部リンク


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