1969年・1970年製造車
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「京急700形電車 (2代)」の記事における「1969年・1970年製造車」の解説
← 浦賀 品川 → 製造メーカー 竣工時期 形式デハ700 サハ770 サハ770 デハ700 区分Mu T T Ms 車両番号711713715717719721723725727729731733735737 781783785787789791793795797799761763765767 782784786788790792794796798770762764766768 712714716718720722724726728730732734736738 東急東急東急/川車川車川車川重川重川重/東急東急東急東急東急川重川重 1969年6月1969年6月1969年7月1969年6月1969年6月1970年3月1970年3月1970年3月1970年2月1970年2月1970年6月1970年6月1970年6月1970年6月 搭載機器CON,PT CPMG7.5 CPMG7.5 CON,PT 自重 34.5 t 26.5 t 26.5 t 34.5 t 定員140 140 140 140 1968年(昭和43年)は700形の製造はなく、1年あけた1969年(昭和44年)に製造が再開された。高運転台をやめて通常の運転台構造となったため前面窓が下方に100 mm拡大され、外観の印象が変わっている。運転席腰掛の高さが3段階に変更できるようになった。前面窓は1000形と共通のものとされたため、貫通扉窓の天地寸法が他の2枚よりも大きくなった。開閉側窓隅にRが設けられるとともに戸袋窓の天地寸法が拡大され、車体外側から見た窓開口部の大きさが開閉側窓と同一となった。乗務員室扉・正面貫通扉がステンレス製に変更された。車内では座席下蹴込がステンレス無塗装となり、 運転台仕切り部の遮光幕がアルミ製遮光板となった。高運転台車に装備されていた電気笛は採用されなかった。製造時からATS、列車無線を装備している。寒冷時の保温対策として、中央部2か所のドアを閉め切る戸閉半減装置が設けられた。 1969年(昭和44年)11月に川崎車輌が川崎重工の一部門となったため、1970年(昭和45年)製造車から製造者名が変更されている。1970年(昭和45年)製造車では車内の難燃化推進のための設計変更が行われた。サハ770形の番号が799に達したため、30両目は770、31両目以降は760番台に附番された。733編成はドア部レール方向につり革を増設した。 711・713編成ではシート表布にビニールレザーが採用されたが、汗でべたつくことからすぐに一般的なモケットに変更されている。
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