1774年パリ版
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「オルフェオとエウリディーチェ」の記事における「1774年パリ版」の解説
『オルフェオとエウリディーチェ』には複数の版が存在し、ウィーン版(Wq.30、ウィーン原典版とも)とパリ版(Wq.41)と呼ばれているものがグルックによって作曲された重要なものである。上記の1762年にウィーン宮廷劇場で初演されたのがウィーン版であるが、パリ版は1774年8月のパリのオペラ座での上演に際して改作したものである。パリ版にはバレエ曲やアモーレの最初のアリア、フルート独奏の「天国の野原」(いわゆる「精霊の踊り」)の場面が追加されている。またフランス語台本は詩人のピエール=ルイ・モリーヌ( Pierre-Louis Moline)がイタリア語台本から翻訳している。パリではカストラートが好まれなかったことから、オルフェオ役はオートコントルに変えられ、歌や器楽曲が増やされて、作品全体の規模が大きくなり、オペラ座の大編成のオーケストラを十分に生かすように手が加えられた。『新グローヴ・オペラ事典』は「フランス語版への改訂は本作をさらにフランスの伝統に近づけることになった。-中略-カストラートからオートコントルに変更することで、形式的均衡が失われたほか、カストラートの哀愁に満ちたこの世ならぬ美しさに代わって、高音テノールの英雄性が強調されることになった。しかしながら、軽く打ち解けた宮廷室内オペラから大きな公開オペラ劇場のための大規模な作品へと変容させ、拡大したことによって損失だけでなく得られたものもあったことは明らかである。-中略-改定時にグルックは作曲家としては勿論のこと、劇場人としての経験も多く積んでおり、フランス語稿には熟練した筆致と壮麗さが加えられた。第2幕でエウリディーチェのアリアとバレエ、第3幕で3重唱が加えられて、良い結果となったことは明らかである」と解説している。また、カストラートという声種は当時のフランスでは嫌忌の対象だったのであり、フランス音楽でカストラートが使われることはまずなく、むしろ嘲笑の的だったといった事情もあった。
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