1774年パリ版とは? わかりやすく解説

1774年パリ版

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/24 09:17 UTC 版)

オルフェオとエウリディーチェ」の記事における「1774年パリ版」の解説

オルフェオとエウリディーチェ』には複数の版が存在しウィーン版(Wq.30、ウィーン原典版とも)とパリ版(Wq.41)と呼ばれているものがグルックによって作曲され重要なのである上記1762年ウィーン宮廷劇場初演されたのがウィーン版であるが、パリ版は1774年8月パリオペラ座の上に際して改作したのであるパリ版にはバレエ曲アモーレ最初アリアフルート独奏の「天国野原」(いわゆる精霊の踊り」)の場面追加されている。またフランス語台本詩人ピエール=ルイ・モリーヌ( Pierre-Louis Moline)がイタリア語台本から翻訳している。パリではカストラート好まれなかったことから、オルフェオ役はオートコントルに変えられ、歌や器楽曲増やされて、作品全体規模大きくなり、オペラ座大編成のオーケストラ十分に生かすように手が加えられた。『新グローヴ・オペラ事典』は「フランス語版への改訂本作をさらにフランス伝統近づけることになった。-中略カストラートからオートコントルに変更することで、形式的均衡失われたほか、カストラート哀愁満ちたこの世ならぬ美しさに代わって、高音テノール英雄性が強調されることになったしかしながら軽く打ち解けた宮廷室内オペラから大きな公開オペラ劇場のための大規模な作品へと変容させ、拡大したことによって損失だけでなく得られたものもあったことは明らかである。-中略改定時にグルック作曲家としては勿論のこと劇場人として経験多く積んでおり、フランス語稿には熟練した筆致壮麗さ加えられた。第2幕エウリディーチェアリアバレエ第3幕で3重唱加えられて、良い結果となったことは明らかである」と解説している。また、カストラートという声種当時フランスでは嫌忌対象だったのであり、フランス音楽カストラート使われることはまずなく、むしろ嘲笑の的だったといった事情もあった。

※この「1774年パリ版」の解説は、「オルフェオとエウリディーチェ」の解説の一部です。
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