非公開初演の様子
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/24 15:45 UTC 版)
「ジークフリート牧歌」の記事における「非公開初演の様子」の解説
1870年12月25日の早朝、弟子のハンス・リヒターが事前にチューリッヒのオーケストラから選んだ楽人達はワーグナー邸に到着した後、台所でチューニングを行い、コジマの寝室脇の曲り階段に音を立てない様に譜面台を並べて準備を始めた。ワーグナー自身は指揮のため階段頂上に陣取り、楽人たちは階段上に順番に席を占めたが、最後尾のチェロとコントラバスは曲り階段のためワーグナーからは見えない状況だった。また、リヒターはヴィオラとトランペットを掛け持ちで演奏することになっていた(トランペットの出番は10数小節しかなく、ヴィオラはもう1人奏者がいた)。このため、彼はワーグナーから楽譜をもらった12月4日から毎日、軍楽隊から楽器を借りて兵舎で練習を行った。 演奏は午前7時30分から始まり、コジマが大変驚いた上にさらに感激したことは前述の通りで、演奏はその日のうちに数回繰り返された。また、オーケストラが階段上にいたため、長女イゾルデ(当時5歳)と次女エヴァ(当時3歳)はこの曲を「階段の音楽」と呼んだ。演奏の出来は完璧だったとのことである。なお、リヒターは楽人選抜のためにコジマの目を盗んで時々チューリヒへ行ったり、人気のない兵舎へトランペットの練習に行ったりしていたため、一時コジマから品行を疑われていたが、この日真実が明らかになったことでコジマの信用を取り戻した。
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