防衛拠点化
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/05 09:02 UTC 版)
「日本軍によるアンダマン・ニコバル諸島の占領」の記事における「防衛拠点化」の解説
詳細は「セイロン沖海戦」を参照 日本海軍は、1942年4月初旬に南雲機動部隊によるセイロン島空襲及びイギリス東洋艦隊攻撃を並びに馬来部隊によるベンガル湾機動作戦を実施し、イギリス軍に打撃を与えた。イギリス東洋艦隊は東アフリカとマダガスカルに後退した。8月初旬にも巡洋艦と水雷戦隊による通商破壊作戦「B作戦」を実施予定だったが、連合国軍がソロモン諸島(ガダルカナル島、フロリダ諸島)に来攻してガダルカナル島の戦いがはじまり、水上戦力は南東方面に転用された。南西方面の航空兵力もガダルカナル島奪還作戦に転用するため、半減されることとなった。以後、日本海軍がインド洋で実施した作戦は潜水艦による通商破壊作戦にとどまった。 一方、インドの米英空軍はこの頃から基地の拡大や新鋭機の投入によりインド洋における航空兵力を増強しつつあった。インド洋の防備強化を迫られた日本軍は、1942年6月下旬にアンダマン・ニコバル諸島を海軍の直接防衛担当地域とし、同年9月26日に第12特別根拠地隊司令部をビルマのラングーンからポートブレアに移した。同年12月12日には陸軍近衛第3連隊第3大隊がポートブレアに増派された。
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