長崎蔵屋敷
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/19 19:15 UTC 版)
各藩の蔵屋敷が設置されたのは、 樺島町 - 秋月藩 本五島町 - 長州藩 浦五島町 - 柳川藩 新町 - 小倉藩 西浜町 - 薩摩藩・五島藩・久留米藩 本紺屋町 - 対馬藩 恵比寿町 - 大村藩・島原藩 大黒町 - 佐賀藩・熊本藩・平戸藩 西中町 - 大村藩 東中町 - 唐津藩 東上町 - 唐津藩 である。 本紺屋町の対馬藩蔵屋敷は、後に東築町に移転。当初は本五島町にあった長州萩藩蔵屋敷は寛政11年(1799年)に新町に移転。大村藩は樺島町に蔵屋敷を建てていたが、明暦3年(1657年)新たに恵比寿町に屋敷を建立した。佐賀藩蔵屋敷は明治維新後に長崎守備砲隊の屯所となり、鎮西鎮台および熊本鎮台の管轄として大砲が置かれていた。 蔵屋敷には、常駐の聞役の宿舎の他、藩主が来た時に使用する御殿もあった。 ちなみに江戸武鑑では長崎屋敷所在を掲載されている藩もあった。文久元年(1861年)の大成武鑑で長崎藩蔵屋敷の所在の記載があるのは熊本藩(大黒丁)、福岡藩(五島丁)、長州藩(新丁)、佐賀藩(大黒丁)、久留米藩(西濱丁)、小倉藩(新丁)、唐津藩(東中丁)、対馬藩(紺屋丁)、平戸藩(大こく丁)、五島藩(西濱の丁)である。
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