都立大学をはじめとする大学の進出
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/09 09:08 UTC 版)
「多摩ニュータウン」の記事における「都立大学をはじめとする大学の進出」の解説
多摩ニュータウンの外周には、東京23区から広大なキャンパスを求めて中央大学や明星大学、帝京大学、多摩美術大学等、1960年代より大学が進出していたが、1983年の東京都立大学 (1949-2011)の移転構想を契機として、多くの大学が多摩ニュータウン区域内にも進出することになった。 東京都立大学は当初、立川市への移転を予定していたが、都立大学内部では立川の用地が手狭であることが問題となっていた。また、東京都の多摩都市整備本部内部では、東京都施行の西部地区での住宅販売を促進する思惑から、計画上は多摩センター駅前に次ぐサブセンターという位置づけの南大沢駅前にも、商業的な賑わいを形成しようと都立大学の誘致が画策された。そんななかで、立川、八王子、多摩ニュータウンの3箇所が移転先候補となり、最終的に多摩ニュータウン西部地区への移転が決まった。 都立大学側は移転先の条件として駅から近いことを挙げていた。そこで具体的な場所としては、松木日向緑地を大学敷地に含むという条件で、南大沢駅前に決まった。緑地を大学敷地に含むことには地元市の負担を軽減できるだけでなく、大学側にもゆとりのあるキャンパスが構成できるというメリットがあった。そうして、1991年4月に東京都立大学南大沢キャンパスが開設した。なお、都立大学はその後の都立4大学の再編・統合により、2005年4月1日、首都大学東京が開学し、2020年4月1日に新しい大学の知名度が浸透しなかったという理由から「東京都立大学」に名称変更を行なった(首都大学東京の前身校の一つである旧東京都立大学とはあくまでも別組織)。 その後も多摩ニュータウン区域内への大学進出が相次ぎ、1986年10月に恵泉女学園大学、1988年4月に大妻女子大学、1989年4月に多摩大学、1992年4月に国士舘大学、1997年4月にヤマザキ学園大学、2011年4月に東京医療学院大学が開設された。 また開発前から存在し、多摩ニュータウン区域に取り囲まれた形となっていた多摩美術大学は、敷地が周囲の多摩ニュータウン区域内にも拡張された。
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