この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。 出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(このテンプレートの使い方 ) 出典検索? : "邪道&外道" – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL (2011年11月 )
邪道&外道 (じゃどうアンドげどう)は、邪道 と外道 によるプロレス のタッグチーム 。別名「The World Class Tag Team (ザ・ワールド・クラス・タッグ・チーム)」。俗称は邪外 (じゃげ)。旧称はパニッシュ&クラッシュ 。通称「パニクラ 」。
経歴
デビュー前
1988年 、たけしプロレス軍団 のオーディションに互いに合格してプロレス入り。
デビュー
1989年 3月19日 、アムステルダム でデビュー。以降は一貫して互いを「兄弟」と呼び合い、このコンビで活動している(ただし、ユニバーサル・プロレスリング 時代に外道がパット・タナカ &ビジャノ3号 と「バッドカンパニー」を結成し、一時敵対したことがある)。タッグはユニバーサル、FMW の一時期を除き、30年以上もほぼ断続的に活動しており、現存するタッグチームでは国内最長であった。
名前の誕生
邪道と外道のリングネームを考えたのは、高山(外道)である。映画「仁義なき戦い 」を見ていて、菅原文太 の「あんクサレ外道が!」というセリフをもとに邪道・外道と並べた。邪道は、大仁田厚 のニックネームと被るため、名付け親の本人は外道を選んだ。
冬木弘道 とのトリオである「冬木軍 」、弟分の非道 を加えたトリオや兄貴分のGOKU-DO を加えたトリオでも活動していた。
解散
新日本プロレス 参戦後も「C.T.U 」、「G・B・H 」、「CHAOS 」といったヒールユニット を二人そろって転々とし、2018年からは「BULLET CLUB (以下、BC)」に所属していた。しかし、2022年 になるとBCのリーダー、ジェイ・ホワイト とタマ・トンガ の間で発生した内紛で邪道がG.o.D 派、外道がホワイト派に別れたことで対立、その後3月13日 に新日本の尼崎 大会で行われた「NEW JAPAN CUP 2022 」2回戦でEVIL [注釈 1] がBCメンバーの介入の末、タマに勝利[1] 。
試合後もBC+H.O.Tのメンバーによるタマへの暴行は続き、救出に現れたタンガ・ロア と邪道も返り討ちにし、2人にも暴行を加える。最後は外道が邪道に対して裏切りのメリケンサックを見舞った事によりG.o.Dと邪道はBULLET CLUBから追放[2] 、30年以上続いた名タッグチームの歴史に幕を下ろした[3] 。
タイトル歴
関連項目
脚注
注釈
出典
選手
ユニット
スタッフ
レフェリー
リングアナウンサー
IWGP実行委員
他
役員
タイトル
大会・興行
リーグ戦・トーナメント
ビッグイベント
別ブランド
その他
故人
交流団体
関連項目
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