運営開始
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/06 01:27 UTC 版)
2006年7月3日、任命を受けたカンボジア側・国際側双方の裁判官らの宣誓式がプノンペン王宮で行われるとともに、共同検察官による予備捜査が始まり、特別法廷は運営を開始した。 同月、最初の司法官会議が開かれ、内部規則(Internal Rules)を定めることを決定した。特別法廷の手続は、基本的には国連との協定、特別法廷設置法、カンボジアの刑事訴訟法に従って行われるが、特別法廷に特殊な部分、国内法が国際基準に合致していない部分などがあったことから、内部規則によって補充する必要があったためである。しかし、司法官内部のカンボジア側と国連側の対立があり、またカンボジア政府の介入も取り沙汰されて長引き、同年11月に原案が公開されてパブリックコメント手続を経たが、2007年6月12日にようやく採択された。 一方、こうして裁判が遅延している間の2006年7月21日、被疑者の1人と目されていた身柄拘束中のタ・モクが病死した。 2007年7月18日、共同検察官が、身柄拘束中であったカン・ケク・イウのほか、ヌオン・チア、キュー・サムファン、イエン・サリ、イエン・シリトの計5名について司法捜査開始の申立てを行い、同年11月までにヌオン・チア以下4人も逮捕・勾留されたことにより、裁判手続は本格的に始動した。 イエン・サリは公判中の2013年3月14日に87歳で死去、イエン・シリトも認知症で裁判が停止されたまま2015年8月22日に83歳で死去。2013年当時、残る3人のうちカン・ケク・イウの裁判が第1事件として最高審に係属中、残り2人の裁判が第2事件として係属中であり、共に高齢であることから、公判維持が難しくなっているとされた。2017年現在、3人のうちカン・ケク・イウの裁判が終了。残る2人は人道に対する罪において終身刑が確定した一方、「ジェノサイドの罪」に関しては、2017年現在も裁判が続いている。このほか、追加の被疑者数名(氏名不開示)についても第3事件、第4事件として捜査が進行中である(詳細は後記#裁判手続の推移参照)。
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