連続桁橋に架け替え
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/12 03:23 UTC 版)
「大正橋 (大阪市)」の記事における「連続桁橋に架け替え」の解説
そのような中、都市計画道路泉尾今里線(千日前通・大阪市道難波境川線)の拡張に伴い、大正橋の架け替えが決定した。 架け替え工事は段階を追って進められ、まず1969年4月に新橋の下流側半分が架橋された。そして1971年3月に上流側に位置していた旧橋が撤去された。最後に1974年3月に新橋の上流側半分が架橋され、下流側と連結された。 初代大正橋が支間91 mを1径間で渡河する大アーチ橋であったのに対し、2代目大正橋は中間に2箇所の橋脚を設置した最大支間37.5 mの連続桁橋が採用され、ごく一般的な橋梁形式となった。第2次大戦後における日本の橋の架け替えでは、河川法の改定によって橋脚の設置に対する制限が厳しくなり、一般に橋脚の数は減らす傾向にあることを考えると、架け替えに当って橋脚を新設した大正橋は珍しい事例といえる。2代目大正橋の諸元は以下の通りである。 種別 - 鋼道路橋 形式 - 3径間連続合成桁 橋長 - 80.0 m 支間 - 20.8 m + 37.5 m + 20.8 m 有効幅員 - 41.0 m 完成年 - 1974年 橋の欄干には、ベートーヴェン作曲・交響曲第9番『歓喜の歌』の楽譜がデザインされている。また歩道にはメトロノームとピアノの鍵盤がデザインされている。
※この「連続桁橋に架け替え」の解説は、「大正橋 (大阪市)」の解説の一部です。
「連続桁橋に架け替え」を含む「大正橋 (大阪市)」の記事については、「大正橋 (大阪市)」の概要を参照ください。
- 連続桁橋に架け替えのページへのリンク