言語資料
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/27 05:47 UTC 版)
古チュルク語には、大きく分けて2種類の言語資料がある。 モンゴル高原、エニセイ川上流域において7世紀から10世紀にかけて、主に突厥文字、その他ウイグル文字によって碑文などに刻まれた記録。主要な碑文は、東突厥による突厥碑文、ウイグル可汗国によるウイグル碑文、イェニセイ・キルギズによるイェニセイ碑文など。 以下は、突厥文字による言語資料の実例: : : : : : :ÜZE: KÖK: TeŊRİ: aSRA: YaGıZ: YeR: : : : : :KILıNDUKDA: iKİN: aRA: KİŞİ: OGLI: : : : : :KILıNMıŞ: KİŞİ: OGLıNDA: ÜZE: eÇİM: : : : : : :aPAM: BUMıN: KaGaN: İSTeMİ: KaGaN: OLuRMıŞ: : : : : :OLuRıPaN: TÜRK: BODuNıŊ: İLİN: TÖRÜSİN: : : : :TUTA: BİRMiŞ: İTİ: BİRMiŞ: (上に青い空、下に褐色の大地ができた時、人間はそれらの間に生まれた。人間たちの上でブミン・カガンとイステミ・カガンは君主に就いた。彼らが君主に就くと、各地のチュルク人たちを治めるための国を整えた。) — 『キュル・テギン碑文』東面第1行の抜粋 天山ウイグル王国において9世紀から13世紀にかけて、ウイグル文字、マニ文字、ブラーフミー文字、シリア文字などの文字を用いて書かれた、仏教、マニ教、ネストリウス派キリスト教を始めとした宗教、その他として法律、文学、民間伝承、占星術などの分野、または個人的な手紙などのウイグル文書。
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