芸備鉄道
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「国鉄3030形蒸気機関車」の記事における「芸備鉄道」の解説
芸備鉄道へは、1921年(大正10年)に1両(製造番号54259)が、ボールドウィン社から納入され、同社のE形 (7) となった。その後、芸備鉄道は1923年に川崎造船所製の2両(F形。8, 9)、1925年(大正14年)に日本車輌製造製の2両(G形。10, 11)計4両の模倣機を購入している。 このグループは弁装置が原型機と異なり、7はジョイ式標準形、国産の4両はワルシャート式であった。 これらのうち、7, 8, 9は1933年(昭和8年)の第1次買収によって国有鉄道籍に編入されたが、一時的にC13形を称した後、2920形 (2920 - 2922) に改称された。10, 11についても1937年(昭和12年)の第2次買収によって国有化され、同じく2920形(2923, 2924)に編入されている。 国有化後は、芸備鉄道の後身である国有鉄道芸備線で使用されたが、四国の牟岐線に転用された。これらは1938年に陸軍の要請により供出され、多度津工場で全車が1m軌間に改造のうえ、中国の正太線に送られた。
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芸備鉄道(現・芸備線の一部)
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「買収気動車」の記事における「芸備鉄道(現・芸備線の一部)」の解説
芸備鉄道はのべ19両ものガソリンカーを保有していた。同社の路線の国有化は区間を分けて2回に渡り行われ、1933年6月に備後十日市駅(現・三次駅)-備後庄原駅間が買収されて庄原線となり、その後1936年に三神線の一部となった。1937年7月に残りの広島駅-備後十日市駅間が買収され、備後十日市以東の三神線区間と統合されて芸備線となっている。 このため、気動車についても1933年買収時に移管されたものと、1937年買収時に移管されたものに分かれる。ほとんどは1937年買収での移管となった。メーカーは19両全車が日本車輌製造本店である。
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