聖マリア教会のラッパとは? わかりやすく解説

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聖マリア教会のラッパ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/18 00:42 UTC 版)

クラクフ」の記事における「聖マリア教会のラッパ」の解説

中世モンゴル軍襲撃に逢った際、ラッパ吹きが危険を周知させるためラッパ吹いている最中に矢で射殺されたという言い伝えがある。それに倣い広場にある聖マリア教会の塔の上からは、一時間おきにラッパ吹き鳴らされ演奏中に突如途絶する。この伝統は中世から連綿と続いている。 この時報としての「ヘイナウ・マリアツキ(英語版)」(波: Hejnał Mariacki、聖マリアのトランペットコール)は1392年公文書記載されているものが最古の記録だが、「ヘイナウ」がハンガリー語由来外来語であることから、遅くともそれより数十年前の、ハンガリー王兼任していたポーランドルドヴィク1世治世には既に定着していたようである。当時は、市の東西南北それぞれにあった城門にもそれぞれラッパ士がいた。聖マリア教会でのラッパ途絶途絶すると、4つうちいずれかひとつの城門ラッパ士がその後メロディ受け継いで、その城門開閉市内外に知らせていた。ヘイナウ・マリアツキはその長い歴史の中で、知られている限り二千人以上の人々が担当している。 ヘイナウ・マリアツキは、これまで2度だけ「聖母の涙」という、キリスト教音楽別の曲にとって代わられた。1度目ポーランド生んだローマ教皇ヨハネ・パウロ2世帰天逝去)の日である2005年4月3日2度目ポーランド大統領レフ・カチンスキ夫妻飛行機事故急死した翌日2010年4月11日。 ヘイナウ・マリアツキの由来となったのはクラクフ襲撃したモンゴル騎兵たちであるが、彼らを模したヒゲもじゃのマスコット「ライコニック」は、キリスト教の祭日聖体の祝日」に毎年開催される「ライコニックたちの祭り」(ライコニキ)の主役

※この「聖マリア教会のラッパ」の解説は、「クラクフ」の解説の一部です。
「聖マリア教会のラッパ」を含む「クラクフ」の記事については、「クラクフ」の概要を参照ください。

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