統合失調症の原因
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統合失調症の原因(とうごうしっちょうしょうのげんいん)では、統合失調症の発病因子と考えられる仮説・要素について述べる。なお、様々な要素が提言されているが、いずれも仮説の域を出ていない[1]。
遺伝と環境の両方が関係しているが、遺伝要因の影響が大きいと考えられている[2]。脳に器質的な障害が発生することによるかどうかは両論ある。病因については、神経伝達物質の一つであるドーパミン作動性神経の不具合によるという仮説をはじめ、様々な仮説が提唱されている。
しかし、明確な原因は未だに確立されておらず、発病メカニズムは不明である。仮説は何百という多岐な数に及ぶため、特定的な原因の究明が非常に煩わしく困難であるのが、今日の精神医学・脳科学の発達上の限界・壁である。
リスク因子
一卵性双生児双子研究において、一致率が約50%と高いが100%ではないことなどから、遺伝的要因と環境要因の両方が発症に関与していると考えられている[3]。遺伝形式も不明で、信頼できる原因遺伝子の同定もされていない。双子研究のメタ分析によると、統合失調症の遺伝率は約80%とかなり高い[2][注釈 1]。遺伝率は研究によってばらくつが、1990年以降の論文では80%以上の高い値を示すものが多い[2]。
社会的下層階級[4]、出生時の合併症[5]や父親の高齢[注釈 2][6]、冬生まれ[7]、妊娠中の大きなストレス[8]や幼年期に於ける飢餓[9]、毒素への曝露[10]、薬物乱用[11]などによるトキソプラズマの感染[12]などは有意に統合失調症発症リスクを増加させるものとしている。
アメリカで行われた調査では日照量の多い地域と土壌中のセレン濃度の多い地域では極めて珍しく、そうでない地域では有病率の比較で相対リスクが高いとの結果が報告されている[13]。
仮説一覧
2008年の『統合失調症治療ガイドライン』では、ストレス脆弱性モデルと、生物学的モデル(薬物療法)に基づいている[14]。
ストレス脆弱性モデル
ストレスが小さくても、統合失調症にかかりやすい素因(あいまいに耐える力が弱い)、脆弱性が大きければ発病してしまうと考える。また、脆弱性はあまりなくてもストレスが大きければ発病すると考える。内因を素因、心因をストレスとする、原因を内因と心因の両方にもとめる学説である。統合失調症に関しては、個体の抗病的閾値が低下し、これにストレスが脆弱性の閾値(しきいち)を超えると発症されるとされるがその詳細は論じられていない。ストレスとは精神的な緊張・不安・恐怖・興奮・飢餓・感染・過労・睡眠不足・運動不足といった、ごく普通の社会的な生活で起こる諸情である。さらには、寒暑・騒音・化学物質などの要素も含む。
1977年、ZubenとSpringによって、ライフイベントからくるストレスが原因になる、という説が唱えられた[15]。参考文献に挙げた岡田『統合失調症』87ページにも、ライフイベントが重なると発症しやすいとある。
かつての心因説
かつては精神分析が盛んであり、幼少期に原因があるという仮説が語られた。
ダブルバインドの理論は、親から2つの互いに矛盾するメッセージを受け取った子供が、それをうまく処理することができず、しかしそれに応えようとして発病するという仮説である。 high EE(Expressed Emotio)の説では、否定的なメッセージを送りやすい家庭で育つことと再発率が関係しているとする。
このような心因説が、統合失調症の原因として唱えられ、患者の家族が不当に苦しんだ時代があったが、その後の研究で旧来の心因説は否定され、発病後の症状悪化の要因ではあっても決定原因ではない。また抗精神病薬が登場すると、生物学的な仮説へと注目が集まっていった。
ドーパミン仮説
中脳辺縁系におけるドーパミンの過剰が、幻覚や妄想といった陽性症状に関与しているという仮説[16]。実際にドーパミンD2受容体遮断作用をもつ抗精神病薬のクロルプロマジンが、陽性症状に有効であるため提唱された。しかし、ドーパミン遮断剤投与後、効果が現れるのが長期修正を暗示させる7日から10日後であること、ドーパミン受容体は後方細胞だけでなく前方細胞にも存在すること、またドーパミンD2ファミリーに異型が発見されたことにより、臨床医や神経生物学者からは批判も多い。
生物学研究では、皮質下のDA受容体密度の増加による受容体感受性の高まり(ドーパミンの過剰ではない)を暗示する研究も存在するが、むしろ前頭葉や前部帯状回などで、ドーパミン受容体結合能の低下を示唆する研究の方が多い[注釈 3]。
近年、ドーパミンをコントロールする抗精神病薬の副作用で、脳が萎縮するという研究結果が開示された[18][19][20]。
ドーパミン作動性の薬剤は、統合失調症の陽性症状を誘発することが分かっている。覚醒剤は、統合失調症の陽性症状に類似した症状を誘発させる。これは薬物誘発性の覚醒剤精神病であり、統合失調症ではない。
グルタミン酸仮説
アメリカで薬物のフェンサイクリジン(PCP)の乱用が流行した際、一時的に統合失調症に似た症状を誘発させ、後にNMDA受容体アンタゴニスト作用によるものと考えられた[16]。薬物誘発性の精神病であり、統合失調症ではない。後にPCPに代わりMK-801を用いた基礎研究が行われている。
麻酔薬として開発され、のちに暴力性の副作用のため使用が断念されたフェンサイクリジンを投与すると、統合失調症様の陽性症状および陰性症状がみられたこと、フェンサイクリジンがグルタミン酸受容体(NMDA受容体)の遮断薬であることがのちに判明し、グルタミン酸受容体(NMDA受容体)の異常が統合失調症の発症に関与しているという仮説がある。実際に欧米を中心に従来の抗精神病薬とグルタミン酸受容体(NMDA受容体)作動薬であるグリシン、D-サイクロセリン、D-セリンを併用投与すると抗精神病薬単独投与より陰性症状や認知機能障害の改善度が高くなることが報告されている。将来的に、グルタミン酸受容体に作用する抗精神病薬の開発が期待されている。
抗NMDA受容体抗体脳炎は2007年に提唱された比較的新しく発見された疾患であるが、グルタミン酸の受容体であるNMDA受容体機能低下による統合失調症と共通病態と考えられ、統合失調症様な症状が生じる[21]。
統合失調症のモデル生物作成にMK-801(ジゾシルピン)やフェンサイクリジンが使用される[22]。一時的な投与は精神病の模倣を、慢性投与は神経病理学的な変化をもたらす[23]。反復投与により、概ね薬効の強さに関連して永続的な神経変性が生じる。MK-801はヒトにおいても長期間に渡って異常思考や健忘などの強い後遺症が残る。いくつかの研究では習慣性が見出されている。
ドーパミン作動性の薬剤が陽性症状のみを誘発させるのに対し、NMDA受容体拮抗剤は陽性症状と陰性症状の両方を誘発させることが分かっている。
内因性カンナビノイド仮説
大麻の成分であるカンナビジオール (CBD) は、抗精神病薬の特性が報告されており、統合失調症の患者への臨床試験有効性が報告されている[24]。
遺伝的な要素
統合失調症患者と対照群の脳内で、別々の働きをする49種類の遺伝子の状態を比較した研究では、統合失調症患者に脳細胞間のシグナリングに欠陥が確認され、ドーパミンやミエリンを生成する遺伝子の働きには、統合失調症患者と対照群の間に差異は確認されていない[25]。
アラキドン酸などの脂肪酸を脳へ取り込むタンパク質Fabp7が、遺伝的に脳への脂肪酸取り込みの弱い患者と統合失調症との関連性が発見されている[26]。プレパルス抑制が弱いと、統合失調症の患者はささいな小さな音で驚くような傾向が見られる[27]。
ある特定の遺伝子の欠損や入れ違いで環境とは無関係に遺伝するタイプと、食生活や運動不足といった環境と遺伝の両方とが関係して起きるタイプの2つの疾患がある、後者のが統合失調症患者の大多数を占めるとされる[28]。
大阪精神医学研究所新阿武山病院の菊山裕貴医師は、統合失調症の脳体積が減る遺伝子は健常者の脳の成熟に必要不可欠で、統合失調症が数万人に一人のまれな遺伝病ではないことが裏付けているとしている。高い知能を持つ人の脳体積は思春期以降、強く減るとし、統合失調症の遺伝子が無くなってしまったら天才が生まれなくなる、としている[29]。
2012年、藤田保健衛生大学の研究チームは、日本人の発症に関係する遺伝子「NOTCH4」の配列を突き止めたと発表した[30]。2014年、米ハーバード大学と英ケンブリッジ大学、藤田保健衛生大学などの国際研究チームは、統合失調症の発症に関わる特定済みのものも含め108の遺伝子領域を確認したと、英科学誌ネイチャー電子版に発表した[31]。
単一精神病仮説
統合失調症、躁うつ病、うつ病、自閉症、注意欠陥・多動性障害(ADHD)などの精神疾患が、共通の遺伝子を原因に発症するとする仮説。近年の遺伝子解析技術の進歩で、精神疾患の遺伝子が疾患群で共通することが分かってきており、再び脚光を浴びるようになってきている[32]。
カルボニルストレス説
近年、グリオキサラーゼ代謝と呼ばれる機構があり、統合失調症患者のDNAを用いて遺伝子解析を行ったところ、患者の20%に酵素活性の低下を引き起こす遺伝子変異を同定した研究結果が報告されている[33]。ヒトの血中や臓器に含まれる糖や脂質、タンパク質などが変性したもので、カルボキシル基に関与する酵素群のひとつが、他の分子へ二酸化炭素の付加を触媒する、このことがペントシジン、カルボキシメチルリジン、ピラリンなどの糖化最終産物 (advanced glycation end-products: AGEs)[34] をメイラード反応から生成してしまい、過剰な最終糖化物質を体外へ代謝させるビタミンB6(ピリドキシン)が体内で枯渇してしまう[35]。クエン酸回路の変形回路であるグリオキサラーゼ代謝が体内でおこなわれているが、ストレスや過剰な運動で活性酸素や二酸化炭素が血中に多く現われて、最終糖化物質を尿中に排出させる亢進がおこり、結果としてビタミンB6を消費してしまう[36]。糖や脂質およびタンパク質を混合して長期間に放置しておくと、化学的に変性した物質、つまり最終糖化物質が産生される。瓶詰め・缶詰・調味料などを長期間保存したり、空気中に晒して置くことでも産生するが、それら消費期限をすぎた飲食物を摂取すると腸管から吸収されてしまう、このことでカルボニルストレスを増大する。日常生活において飲食物の摂取などで得られるビタミンB6の量を上回る摂取が必要となるビタミンB6依存症に陥っているケースがあり、正常時の数十倍の摂取ではないとホロ酵素を合成できない場合があるが、ビタミンB6だけの摂取で酵素活性の改善率は必ずしも良くなるとはいえず、他のコエンザイム(補酵素)も関与してる可能性がある、これは代謝回路がいくつもの化学変移をおこすものである。
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