籐椅子に海を見てゐるとき負けし
| 作 者 | |
| 季 語 | |
| 季 節 | 夏  | 
| 出 典 | 父寂び  | 
| 前 書 | |
| 評 言 |  大牧氏が第一句集『父寂び』を文庫版で再上木された。以前から大牧氏をプロの上手い俳人と思っていたが、どこがどう上手いのかよく認識していなかった。しかし今回こういうことかなと思った。作者の人柄と人生の喜怒哀楽が実に細やかに作品に滲み出ていて、そこが味わい深いのであると。意外に弱気で苦労人、義理を重んじる、世俗的な出世も願わないではない(「金亀子こたびも出世遠ざかり」),が時としてそんな自分を疎ましく思っている、といった印象である。しかし、それはあなたや私、つまり誰にでも共通するものであって、一言でいうと、非凡なほど平凡な人間性を詠む俳人である。それこそ俳諧(俳句)が和歌と袂を分かった特性の一つであり、この側面を私は日頃から大事にしている。句集の冒頭あたりから句を拾うと、 瓜苗をよき隣人として頒つ 栗落ちて生涯の飯あたたかし 歳晩のひとつ吊革つかみ合ふ 横顔のあきらめが売る寒蜆 むろん掲句の「籐椅子に」をはじめ詩性に富んだ句も散見されるが、なべて夢想ではなく現実の心情という抑制が効いている。 昨日焼きし手紙のいろの雪降れり 不意に刃のすべりぬ桃のひとところ 他にも哀しくて笑ってしまうような作品が並んでおり、日常に倦みつかれているとき、ここに共有者を見つけて慰められること必定である。 出典:『父寂び』 (鳴戸奈菜) | 
| 評 者 | |
| 備 考 | 
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